アルミに宿る職人の誇り
世界が注目するフルハンドメイド
世界へ「ショクニン」を伝える日
「自分の欲しいものを、自分の手で作りたかっただけなんですよ」
売ることに不器用な職人が不器用ながらも商売をしていく。「物を持つ」 ということにこだわりを見出してもらい、長年愛用できるモノを手渡していく。
菅野のこの考え方は、実際の売り方にも表れている。社内でも、デザイン性の人気が高いゆえに青山や表参道といった土地に拠点を置くべきではないかという意見が出ている。だが、菅野はあえて流行発信エリアを選ばない。
「職人ですからね。自分の好きなように心をこめてコツコツ作ったもの。だから表舞台じゃないところにしてほしい」
裏路地の美学とでも言うべきだろうか。流行に乗せられていくような売り方はしたくない。
菅野があえて選んだ場所のひとつ、京都にその答えを見ることができる。
「京都はね、日本人の心が残っている都市。ただ機能性を追い求めているのではなく、日本の文化を残そうとしている。だからその路地裏みたいな場所なら最適だと思って」
菅野は、京都出店にあたり、100年以上も経過して朽ち果てかけた長屋に出合ったという。その長屋を借りる
際、リクエストしたのが 「一晩、そこで寝泊まりさせてくれ」 というものだった。当然、リフォーム前なので危険だってある。だが菅野は頑として譲らなかった。
「長屋の中で一晩寝たら、100年の時間が詰まった空気を感じられたんだ。僕はそこに、『よろしくお願いします』 という気持ちを残してきたかった」
古きよき家屋を使ってきた数々の人の息吹。それは、まぎれもなくその家屋に残る歴史であり、その集合体が日本の文化を支えてきたのだとしたら・・・・・・菅野は 「100年の時間」 に敬意を払ったわけだ。
職人としての誇りを次世代に伝え、文化としてのモノづくりをテーマに掲げている菅野らしいエピソード。そのひとつひとつが積み重なって今のエアロコンセプトを形作ってきたように、これからも積み重なり、エアロコンセプトの生み出すモノに宿り続ける。
『Rennsport』 No.02 2008年5月28日発売号スペシャルトーク
「生沢徹・ポルシェジャパン黒坂社長 ポルシェを大いに語る」 という
雑誌特集で、主役であるはずのポルシェの前に堂々と置かれたエアロ
コンセプトのカバン。取材時、現場に居合わせたポルシェジャパンの
社長が遊び心で置いたカバンも写真に収められて掲載。大変な数の
問い合わせが渓水に寄せられたという。
そして、今、エアロコンセプトは、世界から注目され、まさにワールドネームになろうとしている。
「2008年の8月に、以前から話があったイタリアへ店を出しました。今年の3月にはロンドンで出店する予定です。ロンドンでは老舗のアンティークショップのベントレーズと組みます。オーナーのティム・ベントってのがいい男でね、気に入っちゃったよ(笑)」
そのほかにもスペイン、フランス、スイスなどから話があり、スペインの取引先とは既にバルセロナでコンタクト済み。3月には日本に来てもらう手はずになっているという。フランスでは、1996年のアトランタ五輪、2000年のシドニー五輪の柔道のゴールドメダリスト、ダビド・ドゥイエの叔父が、エアロコンセプトの欧州進出のための新会社を設立しているのだとか。
日本人が世界へ進出する際、「日本人らしさ」 を忘れて、ただ 「世界」 というステータスに飲み込まれていくことが少なくない。しかし、菅野とエアロコンセプトは自分のアイデンティティを最優先した上で世界に認められつつある。
日本の 「ショクニン」 が欧州からグローバルを望むのは、間もなくのことだろう。
革とアルミの相反する性質が、見事に一体化された名刺入れ。エアロコンセプトの作りだすものは、使いこむほどに傷ついて、ペイントもはがれ、すり減っていく中で、使う人自身の歴史と一体化していく
エアコンセプトのMacBook Air(マックエアー)専用ケース。表面の革をちぎり取ったような加工をわざと施した。茶色い革の部分は大陸を、銀色の金属面は海を思わせる。
「物を持つということは、どういうことなのか?」
ある女性が、エアロコンセプトの名刺入れを知人にプレゼントしたいと、連絡してきたそうだ。菅野は、エアロコンセプトのすべてをその女性に納得してもらった上で購入してほしいと、丁寧に連絡を取り合った。
すると、その女性から思いがけない申し出があった。菅野のポリシーや考え方、そして何よりひとりの職人としての気持ちを詩に書き現したという。その女性は作詞家の卵だった。完成した詩に曲がつき、ひとつの楽曲となって菅野のもとへ届けられた。
そんな菅野のもとに、ある日、テレビの取材が入った。菅野がインタビューに応えていくうち、ふとその曲の話題になった。プロデューサーに聞いてもらうと、プロデューサーが連続ドラマの主題歌候補にピックアップしたいと申し出たという。
菅野は、早速作詞をしてくれたその女性に連絡を入れたのだが、その女性から返ってきた返事は驚くべきものだった。
「この詩が評価されるのは嬉しいのです。事実、作曲家も周囲も絶賛してくれた。ここまでの反響があったのは初めてです。だからこそ、大事に思い出にしておきたいのです」
菅野には彼女の気持ちが痛いほど伝わってきた。ビッグチャンスだ。だが、認めてもらえたことに満足せず、本当の勝負はそこからまた先の作品で勝負していきたい。自分がやりたいことを貫く中で、自然と認められていきたい――。
同じ職人として菅野の胸に響くものがあったという。
(取材 高橋正通 / 文 新田哲嗣 / 写真 田中正清)
会社概要
株式会社 渓水
工 場
〒334-0012 埼玉県川口市八幡木3-8-10
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