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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

熟練の技で金属部品加工
音叉の開発でさらに躍進

 

頑張っていれば必ず見てくれる人がいる

 
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実際に工場を見学する山田さん
三輪 私はものづくりとは関係のない学校に通い、卒業後は先生の紹介で金属加工の企業に就職しました。何でもさせてもらえる会社だったので、働きながら技術を身に付け加工から検査まであらゆる現場を経験してきたんです。
 
山田 なるほど。その努力の積み重ねで独立が見えてきたわけですか。
 
三輪 そうですね、19歳で就職し「人の倍仕事をしてやる」との思いで仕事に打ち込んできました。独立は考えていなかったのですが、2012年に勤め先の事業縮小によりマシニングを買い取り退職することになりました。そのとき、お世話になっていた経営者さんが工場の一角を貸してくださいましてね。実は、それが先ほど同じ工場で作業していた社長さんなんですよ。
 
山田 それなら開業資金も抑えることができますから、まさに三輪社長の恩人ですね。
 
三輪 山田さんのおっしゃるとおり、あの社長さんが背中を押してくださらなければ独立は不可能でした。弊社は2013年に創業し今年で10周年を迎えましてね。その間、2019年に工場を買い取ることができたのも、社長さんをはじめとする多くの方々のご縁をいただいたからこそなんです。私は周囲のみなさんの支えに心から感謝しています。
 
山田 この10年の間には小さな波も大きな波も押し寄せてきたでしょうね。
 
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三輪 本当に大変なことが多かったですね。おかげさまで創業から事業は順調だったものの、コロナ禍と米中の関係悪化で、残念ながら弊社の受注も一気に激減してしまいました。
 
山田 私も三輪社長と同じ業界で仕事をしていますから、来年からの景気回復に大きな期待を寄せているところです。お互いに飛躍しましょう。それにしても、三輪社長は何が起きてもへこたれず前を向いて歩き続けることができる方ですね。
 
三輪 私のポリシーは、頑張っていれば必ず見てくれている人がいると信じること。誰かが「君のためなら」とサポートしてくれるから、絶対にあきらめないというものです。そのためには実績が欠かせません。だから、若い頃から懸命に努力してきたんです。