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丸山茂樹プロとの出会い

 
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著者近影
皆さん、はじめまして。ゴルフのツアープロコーチ、内藤雄士です。特別ゴルフに詳しくなくても、丸山茂樹プロ(※1)のコーチとしてはご存じな方もいらっしゃるのではないでしょうか? そんな僕は現在、コーチ業だけでなく、ゴルフレッスン番組のホスト、PGAツアーのテレビ解説、ゴルフ雑誌のコラムや書籍の執筆、練習ギアの監修など、様々な仕事に携わっています。
 
丸山プロとは、日本大学ゴルフ部の同期です。今でこそ「マル」「ユウジ」と呼びあう仲ですが、学生の頃に親しく話す機会はありませんでした。なぜなら、彼はジュニア時代から主要な全国大会を制覇したスター選手。精鋭が集まる日大ゴルフ部でも抜きんでた存在で、入学早々レギュラーとして大活躍でした。
 
その彼を、それから何年も経ってコーチとしてサポートする立場になるとは、当時の僕は夢にも思っていませんでした。
 
 

紆余曲折をへてコーチの道へ

 
僕がいかにしてプロコーチになったのか。経緯を説明させてください。
 
日大ゴルフ部は、伝統的に上下関係が厳しく、練習もハード。新入部員の約半数が1年足らずで脱落します。ところが僕の場合、先輩をサポートすることが心地よかった。きっと裏方業務が性に合っていたんですね。
 
その僕が、3年生の秋口に大学を休学し、アメリカにゴルフ留学します。
理由はいろいろですが、一番の動機は2年生の夏に観戦したマスターズ。一流プレーヤーの美しいショット、素晴らしいコース環境に感激してしまって・・・。それと、当時アメリカで武者修業していた幼なじみの江連忠プロ(※2)から「いいぞ~、アメリカは」と発破をかけられたのも大きい。熟慮の末、父に懇願します。父は都内でゴルフ練習場を経営しており、二つ返事でOKを出してくれました。
 
そうして渡米し、サンディエゴを拠点にミニツアーを回るゴルフ漬けの日々が2年間続きました。この経験が「プロコーチ・内藤雄士」の基礎になっています。(アメリカでの体験談は、後々の回で書かせていただきます)
 
帰国後は、実家のゴルフ練習場に勤務することになりました。で、さっそくレッスン業務にいそしんだかというと、さにあらず。2年間は、場内に設けた喫茶店の雇われ社長です。昼間はフライパンを握り、夜間は帳簿をつける日々。いわば経営者のイロハを学ぶ期間でした。
 
そのいっぽうで、父は悲願だったレッスンクラブを開設。そのレッスンプロのリーダー格として、帰国したばかりの江連プロを招聘します。僕は事業部長に就任しました。いわゆる事務方です。事業部長という立場上、自らがレッスンをする機会よりも裏方の仕事のほうが多かったですが、それでも毎日充実していました。というのも、自ら考案したプランを次々と具現化できたからです。
 
例えば、自社オリジナルのスイングチェックシステム。クラブのメーカーさんなど社外の人を巻き込みながら開発した労作はたちまち評判となり、レッスン生はどんどん増えました。結果が出ると、俄然やる気に火がつくもの。モーレツに働くジャパニーズビジネスマンの心持ちがよくわかりました。
 
ところが数年後に、江連プロが独立することになって、押し出されるかたちで僕がレッスン現場の責任者になります。そして、プロになったばかりの日大の後輩、原口鉄也(※3)とコーチ契約を締結。この時、すでに29才。ようやくツアープロコーチとしてのスタート台に立ちました。
 
 

尊敬する先輩の復活を助けられた

 
ツアープロコーチとなって2年目。僕の人生は多く動きます。キッカケをもたらした人は、日大の先輩、小達敏昭プロ(※4)
 
小達プロも丸山プロ同様、ジュニア時代から頭角を現した天才肌の選手です。いくつかのアマチュアタイトルを獲得し、プロ転向2年目にはツアー優勝を飾ります。故・夏目雅子さんの実弟で、持って生まれた華やかさがあり、容姿と実力を兼ね備えたスター候補でした。しかし、好事魔多し・・・。初優勝から7年間という長いスランプに陥ります。
 
そんなある日のこと。小達プロが突然、目の前に現れました。
 
「今までのプライドは全部捨てる。だから、お前のスイング理論をイチから教えてくれ」
 
駆け出しのコーチとしては、断る理由はありません。ほぼつきっきりでスイング改造に取り組みました。我々プロは、結果がすべて。辛辣な言葉で議論することもしばしばです。でも、目標が明確だから、気持ちのブレはなく練習は続きました。そして歓喜の瞬間が訪れたのは、2年後のこと。7年ぶりのツアー優勝という復活劇を目の当たりにし、ほっとすると同時に、僕は「自分の理論は正しい」という確信を得ます。
 
小達プロは、謙虚で、勉強家で、心の底からリスペクトできる人です。実際、ゴルフ界で彼の悪口を聞いたことがありません。そんな誰からも慕われる人が、事あるごとに「内藤こそ、一流のコーチだ」と喧伝してくれて・・・。あの復活優勝の後、「内藤雄士」の名前がゴルフ界にまたたく間に浸透し、何件ものコーチ依頼が舞い込むようになりました。
 
 

良き出会いは、日々の入念な準備から

 
最良の結果を残すため、僕は常に勉強をしています。これは! と感じたスイング理論、最新鋭の道具やマシン・・・、こうした選手にプラス要素となるものは、まずは自分で試してみる。正直、時間もかかるし、ラクじゃないですよ。でも、その姿を見てくれる人は必ずいます。丸山プロだって、小達プロだって、そんな僕を知っていて声をかけてくれたんだと思っています。
 
丸山茂樹プロ、そして小達敏昭プロ。僕は彼らと共に闘うことで、「ツアーコーチ」という、日本のゴルフ界になかった存在になりました。人と人との出会いが、成功につながる。そこから新しい仕事が生まれ、そこでまた才能と才能がクロスする・・・。この流れを、僕は経験則で知っています。
 
この連載は、そういった僕の経験則をもとに、「コーチ」という存在について考えるコラムです。次回もお楽しみに。
 
 
 
 
※1 丸山茂樹/言わずと知れた日本のトッププロ。22才でプロテストに一発合格。国内ツアー10勝。アメリカPGAツアー3勝は日本人最多。現在は解説者としても活躍。
※2 江連忠/高校卒業後にアメリカへゴルフ留学。帰国後に日本における「プロを教えるプロ」の第一人者に。「江連忠ゴルフアカデミー」を主宰。
※3 原口鉄也/日本大学在学中に日本アマチュアマッチプレーゴルフ選手権のタイトルを獲得。2010年には賞金ランク25位にランク。狙うは悲願の初優勝。
※4 小達敏昭/シード選手として活躍した後、2004年から「小達敏昭銀座ゴルフクリニック」を設立。内藤雄士、ジム・マクリーンのもとで学んだスイング理論をもとに独自の理論を築く。
 
 
 
内藤雄士の 「コーチは愉し」
vol.1 出会いに対する準備を 

 著者プロフィール  

内藤雄士 Yuji Naito

ゴルフツアープロコーチ

 経 歴  

1969年9月生まれ。日本大学ゴルフ部在籍中にアメリカにゴルフ留学し、最新ゴルフ理論を学ぶ。帰国後、ゴルフ練習場ハイランドセンターにラーニングゴルフクラブ(LGC)を設立し、レッスン活動を開始。1998年、ツアープロコーチとしての活動を始め、2001年には、マスターズ、全米オープン、全米プロのメジャー大会の舞台を日本人初のツアープロコーチという立場で経験。丸山茂樹プロのPGAツアー3勝をはじめ、契約プロゴルファーの多数のツアー優勝をサポートした。主なレッスン著書のうち、500円シリーズ (学研)はシリーズ合計130万部を超え、今も売れ続けるベストセラー。現在は、ツアープロコーチとしての活動やジュニアゴルファーの育成に力を入れる傍ら、ゴルフ専門チャンネル「ゴルフネットワーク」にて「あすゴル」にレギュラー出演し、PGA TOURの解説を担当している。また中日スポーツ・東京中日スポーツにて毎週木曜日「内藤雄士の必ず上達するこれが最新スイング」を連載中。

 オフィシャルホームページ 

http://www.naitoyuji.com

http;//www.golf-highland.co.jp (ハイランドセンター)

(2014.11.12)
 
 
 

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