2、自己検証能力の素晴らしさ
職業会計人になって、40年。「複式簿記って素晴らしい!」と実感し、それを紹介したイタリア人数学者ルカ・パチョーリってすごい人だなと思っているんですが、複式簿記そのものは、14世紀から15世紀にかけてのルネッサンス期にヴェネツィア商人によって発明されたようです。
卑近な例によってその素晴らしさをご紹介するには説得力不足、かつ力不足でもありますが、今回のカラオケ曲の、じゅん正樹さんの決算書作成にあたって体験した二つの事例を、ご紹介しながら複式簿記の自己検証能力について考えてみましょう。
ミスその1 現金残高の不一致
仕訳3と仕訳4の取引は次のとおりです。
♪ そやから優ちゃんに3千円返して、2千円だけ競馬をやったら、19,000円勝ってしもうた。
♫ その中から6千円乾物屋の中西に返して、残りで飲みにいったら、3,600円足れへんかった。
ここで私は、競馬の勝ち金19000円と乾物屋中西への返金6000円の差額13000円で飲み屋に行って、飲み屋の請求金額は16600円だとして仕訳をしてしまいました。
ミスその2 貸付金の返金処理
仕訳7は
♪有山に6千円貸した中から返してくれと言ったら、3200円返してくれた。
この仕訳そのものは間違っていませんが、もともと貸してあった6千円の処理を忘れていました。
上記ミスの結果、現金残高は6200円、貸付金残高はマイナス3200円となっていました。しかし、おかまの五郎ちゃんと朝までポーカーをやってスッテンテンになったから、有山に「金返せ」となり、3200円だけ回収したのですから、現金残高は3200円のはずです。
ミスその3 有山に貸した6千円の出所は?
決算書を作成している段階で、「貸借平均の原理」から導かれる複式簿記の自己検証能力から、上記二つのミスはすぐに発見できました。
しかし、もうひとつのミスは決算書作成の最終段階で気がつきました。もともと有山に貸していた6000円の残高のことを忘れてしまったために、総勘定元帳上の貸付金残高が狂ってしまったわけですが、この貸付金の出所(資金の源泉)のことまで考えないと、決算書は完成しません。このうっかり忘れの間違いも、「貸借平均の原理」 から導かれる複式簿記に備わっている自己検証能力をまって初めて発見できたわけです。
じゅん正樹さんの決算書作成にあたっては、じゅん正樹氏が自ら持っていたお金を元入れした (出資) と仮定しました。
ところで、「俺の借金全部でなんぼや?」という曲、実際に聴いてみたいと思いませんか?YouTubeで検索すると、結構あるんですね。つまり世界中の人が聞けるようになっているんです。いろいろありますが、issyarakun氏演奏のものがお勧めです。
この雑誌の編集者は、あちこちの曲を聞くうちに詩もメロディーもすっかり覚えてしまったそうです(笑)。
それはそうと、コンピュータ会計のもとでは取引一つ一つを仕訳日記帳に記帳するわけでもなく、補助簿等からの月一回の合計仕訳をすることが多くなります。つまり主要簿である仕訳日記帳が原始記録としての性格を失い、検証可能性は薄くなっているとの議論もささやかれています。が、決してそんなことはありません。
来月は、複式簿記の自己検証能力を別な角度から取り上げつつ――というより、「説明簡便性」とでも言えるかもしれない特性も取り上げつつ――さらに、複式簿記のもう一つの機能である遡及可能性について考えてみたいと思います。
執筆者プロフィール
渡辺俊之 Toshiyuki Watanabe
公認会計士・税理士
経 歴
早稲田大学商学部卒業後、監査法人に勤務。昭和50年に独立開業し、渡辺公認会計士事務所を設立。昭和59年に「優和公認会計士共同事務所」を設立発起し、平成6年、理事長に就任(その後、優和会計人グループとして発展し、現在70人が所属)。平成16年には、優和公認会計士共同事務所の仲間と共に「税理士法人優和」(事業所は全国5ヶ所)を設立し、理事長に就任。会計・税務業界の指導者的存在として知られている。東証1部、2部上場会社の社外監査役や地方公共団体の包括外部監査人なども歴任し、幅広く活躍している。
オフィシャルホームページ
http://www.watanabe-cpa.com/