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「俺の借金全部でなんぼや?」 ― 複式簿記って素晴らしい ― その2

 
 
 地元のカラオケでストレス発散しながら出会ったカラオケ曲、「俺の借金全部でなんぼや」 を聞きながら、複式簿記の素晴らしさに思いが至り、原稿のネタになった経緯は先月号の冒頭に紹介したとおりです。
 そして先月号では、複式簿記の自己検証能力について、「じゅん正樹」 氏の決算書作成過程で私自身がミスった部分が、複式簿記の貸借平均の原理によるところの自己検証能力のおかげで、そのミスが発見されたお話をしました。
 
今月は、複式簿記の持つ遡及可能性などについてお話してみましょう。
 
 

1、複式簿記の持つ遡及可能性

(1) 不動産の売却資金の行方と社長解任劇
 ある中小企業の経営者が、解任されたとします。その原因は様々ではあったものの、不動産売却資金の行方が十分に説明しきれないまま、役員会内部での疑心暗鬼が生じて、コミュニケーション不足も加わり、結局は不動産売却資金背任横領の濡れ衣となり、その社長は会社を出て行かざるを得なくなりました。
 私ども職業会計人は、こういう場合でも全然慌てません。総勘定元帳11月号(3)参照)を遡っていけばすぐに解明できることが解っているからです。ところが、簿記の知識のない経営者は、契約書やら預金通帳を見ながら過去の取引を思い出そうとします。またこの経営者は、不動産の売却資金の処理については、なんら問題なく処理していたという自信から、特別に問題視していませんでした。しかし、売却時点から時間がたっていたことと、あちこちに資金移動していたために、なかなか回答できないまま、時間がたち、内部からの不信感を増長させてしまいました。
 役員からの不信感が増幅してしまった後にこの話を聞いて、私は過去の総勘定元帳を遡っていって、その全容を解明してあげましたが、責任を追及していた他の経営陣も、すでに喧嘩して揚げた拳をおろすことができなくなってしまっており、内心は納得したものの、結局喧嘩別れの結末を迎えてしまったわけです。
 
 お互いに会計の知識があり、簿記の持つ遡及可能性のことが解っていればこんなことにならなくて済んだのにと悔やまれます。この会社の場合、当時の様子を知る経理スタッフが退社してしまっていて、事情の分かるものが誰もいなかったことも運が悪かったのかも知れません。

 
(2) 借地権勘定、のれん勘定、長期貸付金勘定
 上場会社ではありえない話ですが、中小企業の経理の方とお付き合いしていると、いろいろなことに出会います。いくつかの事例をご紹介しましょう。
 
・3万円の借地権勘定
 都心にビルを保有しているある会社があります。貸借対照表の資産の部に 「借地権」 30,000円と記載されています。戦後間もなくから存在する歴史の長い会社です。私どもが関与を始めた時から、この借地権勘定30,000円が気になっていましたが、経営陣に聞いても誰もわかりません。決算書と総勘定元帳さえあれば、この借地権勘定がいつ発生したかがわかるのですが、せいぜいこの20年位が保存されているだけでした。
 会社法上は商業帳簿の保存期間は10年ですから、法令違反にはなっていません。しかし、決算書と総勘定元帳ぐらいは永久保存しておいてもらいたいです。
 複式簿記の持つ遡及可能性も、そのもととなる総勘定元帳がなければ、発揮できません。
 
・のれん勘定
 最近関与を始めた企業の税務会計の話です。その会社は、数億円のデットエクイティスワップ(債務の株式化・DES) による増資を実行し、自己資本の部を厚くして、その後、債務超過会社を合併し、財務の健全化をし終えました。
 合併を進めた際、存続会社の貸借対照表に計上されていた 「のれん勘定」 が気になりました。社長等に聞いてもわかりません。中小企業は経理処理を会計事務所任せにしている場合も多いため、事務所が替わってしまうと社内の誰も事情がわからなくなってしまいます。
 この会社の場合は、決算書と総勘定元帳が古くから保存されていたため、のれん勘定の発生年を突き止め、その年の総勘定元帳から、のれんの発生年月を解明しました。
 この段階でようやく社長も昔のことを思い出してくれました。やはり昔にも、合併があったのでした。その時に発生したのれん勘定だったのです。複式簿記によって作成された総勘定元帳の遡及可能性のおかげで、税務、会計上の問題点の存在の有無をひも解く端緒が見えたのでした。
 
・長期貸付金、長期未払金
 これも中小企業の経理の話ですが、古ーくから金額が一定のまま存在する長期貸付金や長期未払金を見かけることがあります。これらも、担当者の退職や旧経営陣からの引き継ぎで、その内容がわからなくなってしまっていたものです。この内容も、いつ金額の移動があったのか遡っていけば、速やかな措置ができるはずです。
 単式簿記の世界である公会計の分野はどうなっているのでしょうか? これとても記録さえ残っていれば、当然に取引内容の遡及は可能です。
 しかし、ここ数年のある行政区の包括外部監査というごく限られた経験からの感想ではありますが、過去の取引の訴求はなかなか困難を伴っています。まずお役所は担当者がころころ変わること。担当者のファイルの中にその記録がなければ、そして記憶になければ、訴求に時間がかかること。従って、膨大な保存記録資料から目的の取引内容がわかる資料にたどり着くまで大変なこと。
 そこへ行くと、組織的にも超大規模な上場会社の監査の場合であっても、総勘定元帳という手掛かりは全て同一に保有しているため、必要とするデータへの遡りが容易です。
 
 まあ、我々公認会計士が公会計の帳簿組織に不慣れという点があるにせよ、手がかりをつかむうえでは、総勘定元帳は群を抜いています。つらつら考えていくに従って、「複式簿記って素晴らしい!」 という思いに、カラオケを聞きながらでも至ってしまうのです。
 
 

2、複式簿記の説明簡易性

 
 会計の仕事に携わっていると、実に様々な方たちからお話を聞きします。難解なお話やら、回りくどい説明やら、整理されたお話やら様々です。事実関係の的確な把握のためには、聞き出す側のヒヤリング能力も磨かねばなりません。
 耳で聞いただけでは理解は半分。同じ資料を見て、聞いて、触って、聞いた話を、自ら反復し、そして同じ事実関係の話を共有して初めて、的確なアドバイスができます。話が整理されていないと、複雑な事実関係の把握に1時間以上費やしてしまうこともザラです。
 複雑な内容も、図解されていたりして、相互の関連が把握しやすくなっていれば、半分の時間で済むこともあります。また現場を知っているかどうか、現物を見たことがあるか、そして相続等の場合は親族間の人間関係や性格等も重要な判断材料となります。
 上場会社等の公認会計士監査を受けている会社の場合は、取締役会説明資料やら稟議決済等説明資料としてわかりやすい資料が存在していますので、説明を受ける側も整理済の資料があるため割合と事実関係の把握がしやすいと言えますが、逆に取引自体が極めて特殊で専門的すぎて理解が追い付きづらい部分もあります。法律的知識が前提となった会計処理への反映も、たくさん存在します。
 
 私はある上場会社の社外監査役をやっていますが、この会社には社外取締役と社外監査役、それぞれ弁護士が一人ずつ、そして公認会計士たる社外監査役がいます。会計、税務、法律の専門的知識を絡みあわせてもややこしい取引が世の中にはたくさん存在します。 
 世の中の経済事象はますます複雑化してきており、その事実関係を把握するのもなかなか話を聞いただけでは、ピンとこない部分もあります。
 
 何を言いたいのかというと、これらの難解な事実関係も、複式簿記の世界の 「仕訳」 という借方と貸方の左と右に表示される取引に落とし込まれると、実に簡単に説明されてしまうということです。1時間かけてヒヤリングした複雑な内容の話も、数行の仕訳に表示され、なんだこういうことか!と、会計が解った人間には理解できうる話になるのです。
 ですから、まず最初に仕訳を見せてから、話しはじめれば、1時間の説明は、10分で済むかも知れません。 
 会計の世界に足を踏み入れて40年、複式簿記って素晴らしいな!とますます感じいっています。そして、お金を企業や個人事業者等の金庫や財布のなかから覗いていると、いろいろな、興味の尽きない問題が浮かび上がってきます。このあたりを次月では考えてみたくなりました。
 
 
 
 

 執筆者プロフィール 

渡辺俊之 Toshiyuki Watanabe

公認会計士・税理士

 経 歴 

早稲田大学商学部卒業後、監査法人に勤務。昭和50年に独立開業し、渡辺公認会計士事務所を設立。昭和59年に「優和公認会計士共同事務所」を設立発起し、平成6年、理事長に就任(その後、優和会計人グループとして発展し、現在70人が所属)。平成16年には、優和公認会計士共同事務所の仲間と共に「税理士法人優和」(事業所は全国5ヶ所)を設立し、理事長に就任。会計・税務業界の指導者的存在として知られている。東証1部、2部上場会社の社外監査役や地方公共団体の包括外部監査人なども歴任し、幅広く活躍している。

 オフィシャルホームページ 

http://www.watanabe-cpa.com/

 

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