ものをつくることが楽しい
おれの根底にあるのは、ものづくりだ。ものを作るのが楽しいし、好きなんだよ。
技術とかノウハウを持っていると、後から後から仕事が来る。いいものを作れば、お金が後からついてくるんだよ。そのお金で新しい仕事の道具を買う。またいい製品ができる。すると、またお金が入ってくるわけさ。
おれのことを 「世界一の職人」 と言ってくれる人もいるけど、おれの技術が特別に高いとは思っていないんだ。特に深絞りに関しては、おれより優秀な技術を持った人は世間にいっぱいいたよ。だけど、なかなか仕事が入ってこない、お客が来てくれない。それは、その人に商売のセンスがないからなんだな。
おれが思うに、商売のコツってのは、「コマセ」 をまくことだ。魚釣りをする前にコマセ(まき餌)をまくだろ? 餌をまいて魚をおびき寄せ、糸を垂らす。太平洋の真ん中じゃないよ。魚のいそうなところへ行って、ケチケチしないでコマセをまくんだ。
コマセってのは利益だ。つまり、ちゃんと人に利益を与えるということだね。自分だけで儲けるんじゃなくて、仕事をくれた会社や、外注に出した会社にも利益を回す。そうすれば、必ず仕事やお金になって返ってくるという意味なんだよ。
商売の一番のポイントは他人を儲けさせることだよ。「金は天下の回りもの」 って言うだろ。回ってきたお金をよそさまに回すから、また自分のところにも回ってくる。欲を出して自分で抱え込んでしまったら、回って行きっこないよ。まわりを儲けさせるから、みんなが 「岡野に仕事を取らせようぜ。岡野と一緒に仕事をやろうぜ」 と協力してくれる。そうなれば、黙っていても仕事は膨らんでいくというわけさ。
利益は常に折半する
人に仕事を頼むときの考え方だって同じだよ。たとえば、取引先の大手商社の部長だったAさんが、定年退職で会社を辞めました。「Aさんなら業界で顔が広いだろう」 と思うから、仕事の仲介を頼むとする。そうして仕事が始まった場合は、利益は必ず折半にするんだ。
5千万円のプラントを売って1千万円の利益が出たら、500万円ずつ分ける。Aさんの奥さんは、会社勤めをしていた頃より収入が多くなるから大喜び。Aさんも、「また岡野に仕事を紹介してやろう」 と張り切ってくれる。実際にそういう関係が続いている人が何人もいるよ。
Aさんを通じて仕事を受けるときは、相手の値引き交渉には応じない。値引きを言われたら、Aさんに、「Aさん、先方が 『高くていやだ』 と言うなら、Aさんには申し訳ないけど、他に持って行ってもらってもいいよ」 と言うんだ。値引きして儲からなくなるとAさんの折半ぶんも減っちゃうからな。自信があるなら、「うちが高かったら他へどうぞ」 とはっきり言えばいいんだよ。それで結局、どこでもできなくて、おれのところに帰ってきた仕事がたくさんある。まわりはみんな喜んでくれるよ。それでいいじゃないか。
みんなで信用を作っていく
おれは義理人情を大切にして仕事をしているから、人を裏切ったこともない。Aさんが開拓したお得意さんから直接仕事の依頼があっても、おれは絶対に引き受けない。Aさんが紹介してくれなかったらその仕事はなかったんだし、そのお得意さんと知り合うこともなかったからだ。Aさんだって、「なんだ、せっかく紹介してやったのにおれを飛ばしやがって」 といやな気分になっちゃうもんな。
このスタイルで仕事をしているから、おれは 「岡野は信頼できる人間だ」 とAさんから評価してもらえる。Aさんへのまわりの評価も、「あの人は岡野を知っているから、どんな仕事でも何とかしてくれる」 というふうに上がっていく。商売ってものは、そうやってみんなで信用を作っていくことなんだ。全部繋がってるんだね。
商売のスタイルはオープンにする
もう一つ、おれは自分の商売のスタイルを隠さないんだ。だから、「自分もお願いしたい」 っていう話がいろんなところから舞い込んでくる。肝心なのは、そういう話は 「小さい会社からふんだくって儲けよう」 なんてぇんじゃなくて、「お金のある大企業から正当な対価をもらって、みんなで平等に分けよう」 っていう話だってところだ。ありがたいよなあ。
だから、おれは下請けに外注するときは、値切るようなことは絶対にしないね。「あんたが損をしないように、精一杯高い金額を見積もってくれよ」 と言うよ。時には、下請けさんが無理をして80万円で見積もりを出してきたものを、その場で発注元に電話して、「100万円かかります」 と本来の値を言うことだってある。おれは下請けさんの目の前で100万円で売ってやって、仲良く10万円ずつ分けるようにしている。
下請けにそのまま80万円でやらせて、自分の財布に20万円入れたらどうかって? 欲張っちゃいけねえよ(笑)。 おれはそういうことは絶対にしない。だって、そういう商売は長続きしないもの。それにな、欲を張ったって、そういうのはいつかまわりに漏れちまうものなんだよ。商売ほど人の心が出るものはないんだよな。
自分だけ儲けようはダメ
コマセの一つの方法として、発注元の会社の担当者を接待することもある。遠いところからわざわざ足を運んでくれるんだから、タダで帰したら江戸っ子の名折れってもんだ。そういうときは、美味い物を食ってもらって、気持ちも腹も大満足で帰ってもらいたい。
接待は必要経費だが、それなりのお金がかかる。でもな、おれは一緒に食べながら、こう言ってやるんだ。
「あんたたち、ここは遠慮しなくていいですからね。お代はおれが一時、立て替えるだけ。これも見積もりの中に入れるから、心配しないでどんどん食べて、飲んで下さいよ」。
おれの金じゃない、あんたたちのお金なんだから遠慮することはないよ、と、こう言ってやるわけさ。おもしろいかい? そうだろう。その場の人もみんな笑うよ(笑)。 だって、10人で飲み食いしたって、高が知れてるじゃないか。「これだけ使って回収できるかな」 なんてしみったれたことは考えちゃいけない。みんなが和やかにワイワイ飲み食いしていれば、「岡野のオヤジはおもしろい、太っ腹だ」 ということになる。これがまた新しい仕事を呼ぶんだ。
でもな、この好循環までもっていくのが大変なんだよ。目先の10円を拾うことばかり考えてちゃダメだ。もっと先にある大きなお金を見るようにしないとな。仕事を追えばお金はついてくる。これは信じていいよ。お金が逃げちまうのは、お金を追いかけるからだ。おれは、お金よりまず仕事、仕事。商売ってもんはそんなふうに成り立っているものだし、お金も、そういう人のところに、黙っていても貯まっていくものなんだ。
職人だって商売だよ。人付き合いの機微を知って、義理人情をわきまえて、人さまにかわいがられて、引き上げてもらいながら、自分を最大限に生かしていかないとな。
と言っても、気持ちや姿勢だけで商売は回らないぞ。情報を早く的確につかんで、技術に落とし込んで、しっかり生かしていくセンスがないとな。そんなわけで来月は 「情報収集術」 の話だ。楽しみにしててくれ。
もういっぺん、作ってみようや! ~町工場最強オヤジ!岡野雅行の直言~第3回
執筆者プロフィール
岡野雅行 Masayuki Okano
岡野工業株式会社 代表社員
経 歴
岡野工業株式会社代表社員。十代初めから、実父が営んでいた岡野金型製作所で職人修業を開始。勤勉に仕事にいそしむかたわら遊び仲間も多く、仕事と遊びの双方で「向島の岡野雅行」の名を上げ始める。1972年、製作所を引き継ぐと 「岡野工業」 と社名を変更。金型だけでなくプレスも導入し、高い技術力を持って大手との取引が増え始める。インシュリン用の注射針で主流になっている「ナノパス33」をはじめ、ソニー製ウォークマンのガム型電池ケース、携帯電話のリチウムバッテリーケース、トヨタプリウスのバッテリーケースなど、世界的な躍進を遂げた製品はどれも岡野工業製作の部品が支えているとすら言われている。