学生から社会人まで、多くの人を啓発してきた教育学者の齋藤孝さん。その 「齋藤メソッド」 は具体的かつ論理的、思わず 「はっ!」 とする気付きが満載です。齋藤教授が語る、仕事品質底上げのための集中講座。連載第4回は、誰もが聞きたい 「集中力」 がテーマです。
集中するにも作法がある
日本人はもともと、意識や心の状態を高いレベルでコントロールする技術を持っている。集中状態のベースにあるのは 〈無心〉 だ。リラックスと言ってもよさそうなものだが、やや積極的に、「様々な心の囚われから去ることで、エネルギーをあるものに大量に流し込める状態」 ととらえてほしい。
この状態は呼吸法によって得ることができる。古くはヨガの伝統に発し、禅宗の修行でも重視される呼吸法は、心の集中の技術の基本である。やり方は、鼻から3秒で息を吸い、2秒保ち、ストローで息を吐くように口をすぼめてゆっくりと、10秒かけて吐く。これでワンセットだ。15秒ワンセットで1分から2分も続ければ、意識がシーンと静まってくるのがわかるだろう。吐く息とともに邪念が出ていき、意識のエネルギーが溜まってくるイメージは、現代風に “プチ悟り” といえば馴染みやすいかもしれない。
私は以前、NHKの番組の取材で、テストの前に呼吸法を行うことで成績に差が出るかどうかを生徒たちで実験したこともある。その結果、呼吸法を行ってからテストを受けると必ず点が上がった。何回試しても、行わずに受けるよりも点が良かった。と同時に、この実験では、呼吸法を行うと頭が疲れにくいこともわかった。呼吸法は人間の集中状態にそれだけ顕著に作用するのだ。
呼吸法の他にも、集中状態に入るやり方はいろいろ考えられる。たとえば野球のイチロー選手は、バッターボックスでバットをゆっくりと回し、最後にセンターに向けてバットを立てた右腕の袖を、左手でつまんで直す。あれは彼が集中状態=ゾーンに入るための作法だ。また、熟練の大工がカンナを持つと集中するのは、道具で集中状態に入っていく例である。私の場合は3色ボールペンと紙がその道具になっている。「手で考える」 とでも表現すればいいか、私は講義中も、気付けば手元のペンで紙に何か書きながら話していることが多い。
同時に複数のことを意識すべし
集中力のもう一つのポイントが 〈意識の複線化〉 である。
一般に 「集中」 とは、一つのことにしか意識が向かない没入状態としてイメージされるが、私はむしろ、同時に複数のことを並行して意識できる状態ととらえている。たとえば新幹線の車内販売の人たちだ。彼女たちはワゴンを押して通路を歩きながら、自分の前後左右360度に意識を配ることができている。通りすぎた後でも、少し手を上げて声をかければすぐ振り返って注文を聞いてくる。それだけ周りが見えているのだ。サッカーも同じだ。周りが見え、常に次のプレーのことまで考えてピッチに立てる選手は、そうでない選手とは動きがまるで違っている。
同時に複数の要素を意識できるようになるには、音読を練習することをお勧めしよう。それも 「速音読」 だ。音読は口で読んでいる箇所の次の箇所を同時に目で読んで理解していなければ、つまり意識が複線化できていなければ、つっかえてしまう。先へ先へと意識を送り込み、正確に、しかも速く音読する練習を続けるとどうなるか? 意識の 〈量〉 が増えるのだ。私の考えでは、「集中している状態」 とは、すなわち 「投入できる意識の総量が多い状態」 に他ならない。
「総量が多いから意識を複線化できる → 意識を複線化できているから周りが見える → 周りが見えているからいろいろなことに同時に気付ける」――この構造がイメージできたら、次のステップ 「時間をコントロールする」 に進もう。
コーチと一緒に時間をコントロール
時間をコントロールする感覚をつかむには、人前で話すトレーニングをするといい。人前に出ることによる緊張感と、次の内容を同時に考えていないと話がおかしくなるというプレッシャーとを上手く使って、実際のトレーニングに際しては、ストップウォッチを用意しよう。そして、ニュースの要約でも何でも、ストップウォッチでタイムを計りながら、15秒で1ネタを話しきる練習を繰り返す。ちなみに私が大学で学生に指導を始めた当初は1分で1ネタにしていたが、それだと意識の回転数が上がりきらなかった。しかし15秒だと、誰もが相当回転数を上げざるを得ない。すると、5秒で充分なのがわかってくるはずだ。人が何か1メッセージ言うには、5秒あれば充分なのである。
私は集中的にテレビに出ていた一時期、「齋藤さん、15秒でコメントお願いします」 などと振られると、膨大な時間を与えられた感覚になったものだった。TBSの安住紳一郎アナなども、5秒でサッと1ネタ入れてキレイに番組を終わらせるのをよく見る。この「15秒1ネタ練習」を繰り返していけば、誰もが、単位時間あたりに展開できる意識の量を増やしつつ、時間をコントロールする感覚をつかめるようになる。
「集中するのが苦手で・・・」 と思っている人は、悲観する必要はない。それらの人は準備ができていないだけなのだ。ちなみに私には喫茶店で原稿を書くクセがあるが、「コーヒー代を出すんだから、原稿書かなきゃ」 という気持ちに自然になれるというのが、その理由の一つである。「投資した」 という事実でテンションを上げ、喫茶店の席で呼吸を整え(作法)、ペンを持って紙に向かい(道具)、ストップウォッチのボタンを押す(スイッチ)。どんな準備が自分に合っており、どんなスイッチを持てばいいか、まだ見付からない人は、呼吸法とストップウォッチをぜひ試してほしい。誰だって、コーチがそばにいればちゃんと集中して練習できるものだ。コーチ役はストップウォッチに任せてしまおう。
齋藤先生に聞こう! ~仕事品質底上げ講座~
vol.4 集中力を準備しよう
執筆者プロフィール
齋藤孝 Takashi Saito
明治大学教授
経 歴
1960年生まれ。静岡県静岡市出身。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程などを経て、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラーになった 『声に出して読みたい日本語』(草思社・毎日出版文化賞特別賞受賞) をはじめ、『コミュニケーション力』 『教育力』 『古典力』(岩波新書)、『現代語訳 学問のすすめ』(ちくま新書)、『頭が良くなる議論の技術』(講談社現代新書)、 『人はチームで磨かれる』(日本経済新聞出版社)など著書多数。専門の教育学領域以外にも、身体を基礎とした心技体の充実をコミュニケーションスキルや自己啓発に応用する理論が「齋藤メソッド」 として知られ、高い評価を得ている。