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映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。連載最終回は、デ・ニーロの怪演が鬼気迫る 『タクシードライバー』(1976年・アメリカ) から、“意志を貫け”。
 
 
 映画音楽の巨匠、バーナード・ハーマンの衝撃的なサウンドトラックに助けられた、全編、どこを切ってもニューヨークの街角と生き物しか現れないこの映画を見た後、すぐにサントラLP盤を買ったものだ。最高にかっこいいバラッドで、切なくやるせないけどグッとくる! アルトサックスが奏でる主題曲はいつ聞いても心を震わせられる。そして、こんな映画はもう二度と誰も作らないだろうと思う。テレビの半沢直樹に夢中になっていたい人なら、もう一生出会わなくてもいいし、無理には薦めません。でも、人生の絶望と孤独の淵から一度でも立ち直りたいのなら、そんな気が残ってるのなら、安いドラマで半端に憂さを晴らすのなら、この “ちょっとトチ狂った青年” トラビスに、この際、付き合ってみてはどうかなと思う。
 
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『タクシードライバー』 1976年・アメリカ
Blu-ray発売中 2,500円(税込)
発売・販売元
 もう40年近く前になるか、このモンスター映画に出会ってからというもの、しばらく夜ごとの夢でうなされたものだった。でも、そのくせ、眠ってしまいたくない、眠ったら明日なんかもう来ないかも知れないと思い煩う夜には、今でも必ず、この映画を見ることにしている。つまり、精神安定剤というワケだ。『タクシードライバー』 を精神安定剤にしている人は、確かに、周りとはちょっとハズレた、オカシイ人間が多いかも知れない。ボクもオカシイ。でも、それは “ちょっとオカシイ” 青年トラビスの明快なる “意志” が手に取るようにわかる人たちだ。
 
 
 トラビスは、地獄のベトナム戦線から生きて帰還したばかりの海兵隊上がりの、恐らくニューヨークで一番の生真面目な人間だ、と自分で思っている “意志” の強い独り者だ。戦争後遺症のせいで不眠症になっているので、イエローキャブで夜中のニューヨーク中を駆ける仕事はまさに彼にもってこいだ。しかし、乗せる客にまともな人間は誰一人いないし、この都会こそ変態やマッドだらけでオカシイ、まともなのはオレだけだと、彼は思い直す。人をあっちこっちに運んでいる単純な毎日を送るうち、有名な次期大統領候補まで乗せたので、応援なんかしてもいないのに応援してますと話しかけてみると、ポスターで見た時より、随分ぞんざいな調子者だ。こんな奴に、この街の不正や偽善など一掃できるはずがないだろうと彼は思う。オレこそ、国家の偽りの正義の戦争に今まで駆り出されていたんだぞ――トラビスは、自分の手でこの街を掃除してやりたくなってくる。
 ある日、街の一角で売春する10代の少女とそのポン引きヤクザにも出会う。少女を見つけてカフェに誘い出して、君はあのヤクザに騙されているだけだ、こんな若いうちから愚かなことをして汚れた金を稼いでどうするつもりなんだ、もう故郷の親元に帰った方がいいよと諭すのだが、少女は知らんぷりだ。ニューヨークは狂っている魔都だ、何が世界一の都市だ、この理不尽で汚れきったドブネズミの巣食う街、このアメリカの不条理、どうにかならないものか。何か一発、このオレにこそできることがあるはずだ。街のダニや粗大ゴミを、このオレの手で片づける時がやって来たんだ、とトラビスは自らに言い聞かせるようにタクシーのハンドルを切る。きっと不眠症のせいでイライラも頂点に達したんだろう、もう狂い出したら止まらない。密売人からマグナム44やコルトや大型ナイフを購入して、ついに、彼の人生を賭けたその目標が定まる。やるならあの偽善者からだ! あの大統領候補に会いに行って、あいつを撃ち殺してやろうと決意する。そして、コロンビア広場での演説会に、トラビスはモヒカン刈りで決めて現れる。(この爆笑シーンで、ロバート・デ・ニーロの俳優人生も決まったんだろうが)しかし、立ちどころにして、その場のシークレットサービスに見破られて退散。その荒ぶる魂を押さえようもなくなったトラビスは、にわかに目標を変更し、いつか逢ったあの少女や、ヒモやポン引きやヤクザがいる売春の巣窟に、“意志を貫く” ために乗り込んでいく・・・。
 
 
 ニューヨークには、9・11のテロ事件から、しばらく訪れていない。可笑しげなモンスターたちを生んできた街が魔都らしくなくなって、都市自体が安物の服のように縮んでしまったような気がしていたからだ。そういえば、アメリカ映画でもニューヨークの街と生き物のことを語らなくなった。一度、再訪してみたくなった。映画を撮りにいくような野暮はしたくない。ただ、ブルックリン街のカフェか、薄曇りのセントラルパークのベンチで、近寄るリスに餌でもあげて、物思いに耽りたいだけだ。そんな贅沢は他にないだろうし・・・。
 
 
 永い間、お付き合いありがとうございました。また何処かで。 
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画で監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞。以降、『晴れ、ときどき殺人』(84年)、『二代目はクリスチャン』(85年)、『犬死にせしもの』(86年)『岸和田少年愚連隊』(96年)など、社会派エンターテインメント作品を発表。『パッチギ!』(04年)では05年度ブルーリボン最優秀作品賞をはじめ、多数の映画賞を総なめに。舌鋒鋭い「井筒とマツコの禁断のラジオ」(文化放送)など、コメンテーターとしても活躍。『黄金を抱いて翔べ』のDVDが絶賛レンタル中。

 
 
 
 
 

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