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映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第16回は“銀行強盗もの”とくくるには傑作すぎる、アル・パチーノ主演『狼たちの午後』(1976年・アメリカ)から、丁々発止
 
 
 金やモノを出さないなら発射してやるぞ! おぅ、射ち返してやるからな! と大騒ぎ。そんな単純で愚かな虚仮脅しに、愚かな反撃態勢を取るだけではモノゴトが解決するわけがないし、そんな浅知恵の渡り合いでは何ひとつ巧くいかないし得にならない。なのに、向こうもこっちも譲り合うことなく、ただ煽り合っている。向こうは自滅することを決意したのではなくただ生き残りたいだけ、こちらもやり合う気など本当はない。肝だめしのチキンレースにもならない。対決の下心があるとか、見せかけだけだと罵り合戦ばかり。だったら早いとこ、お互いが相手のハッタリ狂言を見抜き、気を回して、本心を晒け出し、別の考えを提案し合えばいいのにと誰もが思う――。今のアジアのキナ臭いお国情勢とどこかよく似た、今回はそんな “丁々発止” の世界から。
 
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『狼たちの午後 』 1976年・アメリカ
ブルーレイ 2枚組 ¥2,500(税込)
 それは、若きアル・パチーノと個性派ジョン・カザールが銀行強盗に扮した、真夏のうだるようにクソ暑い、気分も体調も最悪の日(という意味の『ドッグディ・アフタヌーン』が原題)の物語だ。二人はこの前に名作『ゴッド・ファーザー』で鬼の三男マイケルと意気地なしの次男を演じ合った仲だけに、この緊張感が止まない心理戦ドラマが見事にできあがったのは、いわば当然のなりゆきかな。息を呑む余裕もヨソ見する暇もないこの稀なる傑作、たまには仕事の頭を全部空っぽにして見てほしいね。人生の教訓がいっぱい込められているから。
 
 この映画、1972年にニューヨークで実際に起こった事件が元になっているとか。舞台は8月のある午後、ブルックリンの銀行支店に強盗たち3人が銃を持って押し入るところから突然、始まる。(何でも突然に起こるのが映画、現実はそう易々とは始まらない・・・。)そして、金を盗めばすぐ終わるはずだったのに、うちの1人の腰が引け、先に逃げ去ってしまうから、残ったアルとジョンは狼狽える。(どうしてそんな奴とこんなリスキーで茶番な企みをしたのか、姑息な仲間は信用ならないとこれを見て思ったが・・・。)しかも、もっと困ったのは金庫の金がもう本店に運ばれてしまった後で、残っていた僅か1000ドル余りの小銭を前に、飛び込んでしまった二人はさらに狼狽えてしまう。(こんな予想外に手こずる銀行強盗も珍しかったが、行き当たりばったりで思慮のない者の運命は必ずこうなりそうで、これは“偶然”でなくて“必然”というもの。)
 そこで、銀行にまた突如、警察から電話が入り、周りは包囲したから出てきなさいと告げられて、事は急変する。警官たち何百人に取り囲まれた中、野暮で愚かな二人組は、降参したら短い刑務所暮らしで済むものを、ここで計画を変え、行員らを人質に、立てこもり戦術に出る。人の理性と直感はこんな時には決まって無能で役に立たない。銀行の周囲はヤジ馬だらけ。主任刑事がいつものようにメガホンで説得しようと、銀行の内と外で丁々発止(まさにアジアの恫喝外交と同じ)、逃がせろ! 出てこい! と内では居直り、外からは警告、人生一寸先は闇、どっちも負けていない。
 でも、報道ヘリコプターがうるさいぞ、ヤジ馬を遠くに追いやれと、犯人二人の要求を警察は呑むしかないまま、テレビ中継の記者インタビューにまで平気で答える犯人たちはやじ馬からも英雄扱いされ始める。銀行の中では、犯人と人質たちに奇妙な仲間意識も生まれてくる。このままではつけ上がらせるだけだ。FBIも動き始める。沈着冷静な物腰で犯人に近づいて、チンピラ心理を探って操るように、時に厳しく、時に優しく、これまた“丁々発止”で投降を迫ってくる。
 入り口しか知らず、出口が見つけられない主人公(アル・パチーノ)はまんざら応じないつもりでもないが、相方(ジョン)のほうが国外逃亡か憤死かと人生行路はもう二つに一つだと決意しているものだから、主人公もFBIに従えないで優柔不断のまま、おまけに、自分の元妻と(なんとゲイ!)その愛人からも説得の電話が来てまたしても丁々発止、収拾がつかなくなって、焦りしか残らず、まともな判断もできなくなる。(まるで、アジアの悪い夢を見るようで…。)警察陣は彼らの要求の通りに、乗り合いバスとジェット機を用意させる。そして銀行から空港まで、息も呑めない犯人と人質たちの輸送が始まる。警官がハンドルを握るバスが空港に到着して、最後部席で拳銃を握りしめていた相方に、一瞬の安堵が走った・・・。
 
 
 人生の先行きが決まるのは、悪魔が囁く時か、気を緩めた時だ。これを見たのが昨日のことのように思う。ラストシーンを思い浮べるたび、ゾッとする。相手との “丁々発止” の先に何が待ち構えているか、人間なら想像力と知恵を働かせないとね。
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。最新作『黄金を抱いて翔べ』のDVDは絶賛発売中!

 
 
 
 
 

 

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