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家具販売のニトリといえば「お、ねだん以上。ニトリ」のCMがすぐ思い浮かびます。本書はそのニトリの創業者・似鳥昭雄氏の最新刊。通読して若干タイトルとのずれを感じたので「はじめに」を読み直してみると、終わり間際にこうありました。
 
この本の中には、ニトリが試行錯誤を繰り返しながら実際にやってきたことが満載されています。いわば、私とニトリの全社員たちの集大成のようなものです。/より多くの人たちにこれを読んで自分自身のロマンを見つけ出し、それを果たすためのビジョンを掲げて日々に前向きに取り組んでいただけたら幸いです。(p6)
 
なるほど。つまりこの本は、「こうすればリーダーが育つ!」とか「リーダーはこうやって育てろ!」式の一連の“リーダー育成ノウハウもの”ではありません。あくまでニトリについての本です。創業にまつわるエピソードや商品開発秘話がたくさん出てきて、ニトリファンにはたまらない1冊になっているのではないでしょうか。
 
そのうえで、やはりリーダーになるためORリーダーを育てるためのヒントがなにかしら欲しい読者に向けては、「自分自身のロマンを持つこと」というアドバイスが示されます。引用した「はじめに」に限らず、これが何回も、何度でも繰り返し出てきます。
 
正直にいうと、「え、それだけ?」と感じます。感じますが、これがなくては何一つ始まらない。そしてニトリの場合、つまり似鳥昭雄氏の場合、どうやら本当に、突き詰めてみればこれだけで、リーダーとして今日までニトリを引っ張ってきた様子。他の施策はこのロマンを助けるための補完材という意識がはっきりしている印象を受けました。
 
そしてもう1つ。似鳥昭雄という人物は、実は経営者としてはかなりの武闘派、ゴリゴリの体育会系なのではないか。そんなふうに思いました。86ページに直接そう感じさせる一節もありますし、創業間もない頃の従業員へのブラック企業ぶりもその印象を強めますが、そういった部分を取り上げなくても、全体として、本質的にそうなのではないか。この感じはもっと深めれば「偏執的」とも表現できそうです。語弊含みの表現ですが、これもまた経営者という人種ならではの、1つの“異形”の型なのでしょう。
 
そうやって似鳥氏が偏執的なまでにこだわってきたロマンとは何だったのか。1972年、日本におけるチェーンストア理論の第一人者である故・渥美俊一氏のアメリカ西海岸視察セミナーに参加して「(アメリカのような)住まいの豊かさを日本の人々に提供する」というロマンを得たエピソードが、本書にも書かれています。
 
その後ニトリはいくつかのターニングポイントを経て今の製造物流小売の業態を確立していくわけですが、アパレル業界でいうところの垂直統合型SPA(製造小売)を家具でやったのは日本ではニトリが初めてということで、そのあたりの企業成長物語も本書の読みどころの1つでしょう。日経新聞の「私の履歴書」欄の連載に加筆した『運は創るもの――私の履歴書』が2015年に出版されていますが、あちらは320ページ、こちらは248ページです(実際にはもっと短く感じます)。ニトリと似鳥氏について手軽に知りたければ、本書は恰好の入門書になると思います(安いですし! 税込み1000円!)。
 
と、いうふうに大枠を紹介したうえで、個人的に考え込んでしまった箇所についても一言。“55の智慧”でいえば14個目、『「差別化」とは3割以上勝ること』の中の一節です。一部省略しつつ抜粋します。
 
競合商品よりも3~5割は値段が安いか、3割以上は品質・機能性が優れているか。それが大前提であると私は考えています。この3割という数字は、1972年に私が視察旅行に出かけた際に、当時のアメリカ製家具の値段が日本の3分の1であったことも関係しています。/視察から戻った私は問屋を通さずにメーカーから直接仕入れて、商品をメーカーの希望小売価格のオール3割引きで販売しました。しかし、この方法ではとてもアメリカ並みの安さを維持し続けるのは無理でした。/製造コストが低いアジアで作られた製品の輸入にも手を出してみましたが、クレームの処理にかかる経費がかさんでしまいました。(p80)
 
ここで「ベンダーから仕入れている限り、マージンを取られてしまうのでコスト削減には限界が生じてしまう」と気付いた似鳥氏は、当時はまだ海外に工場を持つ発想がなかったので、師匠である渥美氏には隠したまま、旭川の家具メーカーを傘下に収めます。しかし、「最初のうちはどうにか利益が出ていたものの、すぐに頭打ちになった」といいます。問題はそれに続く一文です。
 
やはり、日本は製造コストが高すぎるので、値段を安くできる余地がかなり限られているのです。(p81)
 
端的ですが、ハッとさせられる内容を含んでいます。競合より3~5割値段が安いか3割以上品質・機能性が優れていることが前提と言われてしまうと、同様に製造から物流小売まで自社でまかなう、それもチェーンストア並みのスケールメリットを持つ企業でないと、日本ではやっていけないことになります。3~5割差というのはそれぐらいインパクトがある。あらゆる業界は最終的に寡占化するのが市場主義経済の原理とはいえ、やっぱりそうなのかぁ・・・と考え込んでしまいました。
 
ニトリは現在、製造コストの安い海外に自社工場を持ち、品質管理も物流も自社で行っています。今後は中国とインドを主としてグローバル展開を強化し、2022年に1000店舗、売上高1兆円、2032年に3000店舗、売上高3兆円を目指すそうです。少しでも自身の中に経営者の質を感じる人ならば、本書が描くニトリの成長はまるで自身のロマンであるかのように感じられるはず。感じなければ――? さあ、そこが分岐点かもしれません。
 
 
(ライター 筒井秀礼)
『リーダーが育つ55の智慧』
著者 似鳥昭雄
KADOKAWA
2018/4/7 初版発行
ISBN 9784041067321
価格 本体926円
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(2018.5.16)
 
 
 

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