全国16ヶ所で少人数制の勉強会、「勝人塾」を主宰する佐藤氏のコンサルティングは、中小企業の経営者が抱える悩みの“根本原因”を抽出してその場で改善策を示してくれるのが大きな特徴だ。
もちろん、経営改善のために即効性のあるアドバイスも必要とあれば説明してくれる。しかし、佐藤氏のコンサルの白眉は、問題の本質を捉え、それを経営者自身に自覚させたうえで、具体的な改善策を示してくれるところにある。
本書は、書籍という形をとって、「勝人塾」で繰り広げられるコンサルティングのエッセンスが詰まった内容に仕上がっている。
1章で佐藤氏は、中小企業は「顧客一体化戦略」を進めることが「繁盛していく唯一の道だ」と解説する。そして2章以降で、その戦略に基づき、いかなる店舗づくりをして、どのような接客をし、スタッフはどう育成するかなどについて、自身の店舗運営とコンサルティングで培ってきたノウハウを披露する。
そんな本書の内容を読み解くうえでキーとなるのは、頻繁に用いられる心理学者マズローの、「マズローの欲求5段階説」だ。「マズローの欲求5段階説」とは、人間の欲求はピラミッド上に5段階で構成され、低階層の欲求が満たされると、より上の欲求を欲する――というもの。
階層は下から「生理的欲求(生きるための食べ物が欲しい)」「安全の欲求(安全な暮らしがしたい)」「帰属の欲求(仲間が欲しい)」「尊厳の欲求(他人に認められたい)」「自己実現の欲求(知らないことを知りたい)」という順番になっている。
佐藤氏はこれを踏まえて、顧客一体化戦略を担うためには、顧客や自社の従業員らがどのような「本質的欲求」を持っているかを知るべきだと言う。
日本の消費者は第1、第2の段階の欲求を満たすだけでは足りなくなっている。‥中略‥第3、第4、第5段階の欲求を持ち始めている。お客様の欲求も、変化しているのだ。‥中略‥この状況を見逃さないでほしい。中小の店舗型ビジネスは、いまがチャンスだと思う。チェーンストア理論と真逆の発想で、お客様の変化をつぶさに見つめ、お客様の潜在的欲求――私の言葉では「本質的欲求」――を引っ張り出し、トコトンそれに応えられる店を作っていこう。そこに新しい商品やサービスが生まれる具体的なヒントが、バッチリ眠っているのだ。(p34~37 太字原文ママ)
お客様の本質的欲求をつかむにはどうすればいいか。私は、実は中小企業の人材にこそ、それができると思っている。正直なところ、我々のような中小の店舗型ビジネスの企業に就職してくるような人材は、「マズローの欲求5段階説」でいえば、働く理由が第1か第2、せいぜい第3段階の欲求である場合が多い。つまり、そこそこ食えて、普通の生活ができていればいい人たちだ。仕事というものに、それ以上を求めない意識の人たちだ。(p37)
仕事への欲求が第1、第2段階のスタッフは、普通のお客様の気持ちがわかる人たちだ。(p38)
いかにお客様の欲求が第3、第4、第5段階に上がってきたからといっても、もともとは第1、第2の欲求が購買の原理だった人たちだ。お客様の圧倒的大多数はいわゆる一般の庶民。市井の生活者なのだ。(p39)
そのうえで、自分の仕事に責任を持って5年も努力していれば、第2から第3、第4段階の欲求を感じ始めた顧客の気持ちもわかるようになっている。だから、あらゆる層のお客様に対応できる人間に育つ。‥中略‥顧客一体化戦略とは、店とお客様、スタッフとお客様が同じ目線でつながるから実現する戦略なのである。(p41)
繰り返しになるが、佐藤氏のコンサルティングの肝は、経営者が抱える悩みの“根本原因”を抽出するところにある。そのスタンスは本書においても貫かれている。それが、顧客や従業員の本質的欲求にアプローチしたうえで、どう動くべきなのか、2章以降で具体的な事例をあげるなどして、実践すべきことを紹介しているところにある。
その点が、本書に「勝人塾」のエッセンスが詰まっていると評者が感じる所以である。また、本書を通じて垣間見えるのは、佐藤氏の教育者としての姿だろう。
自我を出さず、打算も抜きで、最初から調和だけで生きていける人生などありえない。雇う側はせめてそれくらいは本当のことを教えるべきだと思う。それが彼や彼女の人間的成長にもつながる。そこまでやるから「教育」なのである。(p143~144)
マニュアルどおりではなく、個人の意見を尊重し、その本人が欲求する本質を捉えたうえで、アドバイスをする。その結果、仕事上のスキルをアップさせるだけではなく、人間的な成長につなげていく力は、まさに教育者として理想の姿ではなかろうか。その意味では、中小企業の経営者以外にも参考になりそうな、さまざまな示唆に富んだ、広く読まれる価値のある書籍と言えるだろう。