Amazon Dash Buttonのビジネスモデル
Dash Buttonが取り扱う商品は、飲料水、洗剤、カミソリの刃等の日常消耗品。ここで大切なのは、そうした消耗品の多くには、冷蔵庫、洗濯機、カミソリ本体等の耐久品が対になっていることです。消耗品だけでも、耐久品だけでも、役に立ちません。2つそろって1つのサービスとなる。このようなビジネスモデルを、「ソフトウェア・ハードウェア・パラダイム」と呼びます。ちょうど、映画ソフトをプレーヤーで再生するイメージです。
私は、Dash Buttonに何を期待したのでしょう。私は、消耗品と耐久品をセットにして販売し、先ず、耐久品を購入してもらうために大幅に割引いて、次に、消耗品を継続的に購入してもらうための仕組みとしてDash Buttonを活用するビジネスモデルを想像しました。携帯電話の端末を0円で販売し、その後の通信料金で回収するのと似ています。
最初のうちはDash Buttonを使って、消費者にボタンを押してもらう必要があるものの、いずれインターネットに接続したスマート家電が普及していけば、Amazonは自動的に消耗品ニーズを把握して、欲しい時にピンポイントで消費者に商品をお届けできます。この時、Amazonは消費者とメーカーの間をつなぐプラットフォームを独り占めにするでしょう。
実際には、まだビジネスモデルのつくり込みが甘く、Dash Buttonは消耗品の単品売りに留まっているようです。しかし、近未来を視野に入れたAmazonの真の狙いは、今、私が説明したようなものでしょう。
鍵を握るのはネットワーク効果!
消費者の立場から見れば、カセットレコーダーだけ立派でも、ソフトウェアがそろっていなければ、宝の持ち腐れです。レンタルビデオ店に出かけてみれば、あるのはVHS規格のカセットだけ。こうなれば、映画ファンは自然とVHSのビデオデッキを買うようになります。ソフトウェアの品揃えが豊富になればなるほど、雪だるま式にハードウェアの魅力が膨れあがる。これを、経済学では「ネットワーク効果」と呼びます。
Dash Buttonの取り扱う品は当初わずか42種類。しかも、消耗品と耐久品の有機的な連係はまだ見えてきません。本来ならば、Amazonは特定ブランドの耐久財向けに豊富な消耗品をそろえたうえで、消費者に向けて大胆なキャンペーンを打つべきだったのです。
そうすれば、ソフトウェアもハードウェアも、メーカーはAmazonというプラットフォームを無視できなくなり、争って自社商品をDash Buttonに卸そうとしたことでしょう。実際には、そうならなかったのだから、Dash Buttonは、成算を欠いた見切り発車だったのかもしれません。
Googleが解いてみせた両面市場モデル
Googleは消費者に検索サービスはじめ、様々なアプリケーションを無料で提供しています。その代わり、検索結果画面のトップページに、アドワーズやアドセンスと呼ばれる企業の広告を掲載しました。この時、Googleは、広告主からオークション方式で価格をつり上げてしっかり課金します。もちろん、広告主が高い広告料を支払ってでも、トップページの上位に掲載してもらいたいと思うのは、そうすれば、検索した時に消費者が自社商品を認知してくれるからです。
消費者はGoogleに直接お金を払うわけではありませんが、自分が広告リンクをクリックして商品を購入した金額の一部が、広告主を通じてGoogleに支払われる仕組みになっています。そこには、消費者、広告主、そしてGoogleの間に、検索のクリック数というネットワーク効果が働いています。
例えは悪いですが、男女のお見合いクラブが女性の参加費を無料にして、女性をたくさん呼び込み、男性からがっぽりお金を取るのによく似ています。プラットフォーム上で、ネットワーク効果を効かせて課金するビジネスモデルを、「両面市場モデル」と呼びます。
両面市場を制したGoogleはライバルのYahoo!を駆逐し、インターネット広告の世界で揺るぎない地位を築きました。AmazonがDash Buttonを進化させて、Googleの牙城に迫ることができるのか。インターネット上の熾烈な覇権争いに、これからも注目したいと思います。
vol.2 Amazon Dash Buttonに透ける未来(後)
著者プロフィール
依田 高典 Takanori Ida
京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士
経 歴
1965年、新潟県生まれ。1989年、京都大学経済学部卒業。1995年、同大学院経済学研究科を修了。経済学博士。イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学客員研究員を歴任し、京都大学大学院経済学研究科教授。専門の応用経済学の他、情報通信経済学、行動健康経済学も研究。現在はフィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組む。著書に『ネットワーク・エコノミクス』(日本評論社)、『ブロードバンド・エコノミクス』(日本経済新聞出版社。日本応用経済学会学会賞、大川財団出版賞、ドコモモバイルサイエンス奨励賞受賞)、『次世代インターネットの経済学』(岩波書店)、『行動経済学 ―感情に揺れる経済心理』(中央公論新社)、『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』(筑摩書房)などがある。
Googleホームページ
https://sites.google.com/site/idatakanorij/
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