vol.4 カリフォルニア生活で出会った人・コト
アメリカで形づくられた「バイクの縁」
レースで結果を残したからこそ形成された「バイクの縁」も、私に多くの気付きを与えてくれた。それは、ひたすらトレーニングとレースを繰り返すだけでは得られなかったものだ。
最初に私をパーティーに誘ってくれたのは、ツーブラザーズ・レーシングのレギュラーライダーだったトミー・リンチだ。「うちでパーティーをやるから来ないか」という言葉に、ひとまず反射的に「イエス」と返答したものの、カーナビゲーションが無いのはもちろん、アメリカでは携帯電話さえ珍しかった時代だ。日本とは比べものにならないほど広大な土地を持つ異国の地で、何の備えも無く、うかつに走り出しては「遭難」しかねない。どうしたものかと思案していたところ、自宅のファクシミリから、ぎっしりと文字で埋め尽くされた1枚の紙が吐き出されてきた。
“あなたが家を出たらシーショアー・ドライブを右に行くとオレンジ・ストリートがあるからターンレフト。パシフィック・コースト・ハイウェイをレフト。ブルックハースト・ストリートをターンライト。インター「405」をゴートゥーノース。ずっと行ったら「5」をノースに。ベーカーズフィールドまで2時間くらいストレート。イグジッドは・・・”
最後には、どうやら送り主であるトミーのガールフレンドが描いたらしい、ミニーマウスのイラスト。
片道200kmはあろうかという道のりを、こんな「文字情報」だけで向かうことができるのか・・・。不安を抱きつつも、別荘と共に知人から借り受けていたシボレー・アストロで走り出したわけだが、そこに書かれたとおりに向かった先には、なんと、トミー・リンチの自宅があったのだった。「本当に着いた・・・」という、驚くやら、半ばあきれるやらの、あの感情は今でも忘れられない。
当時あれば、どれほど助かったかわからない、Google Mapを見てみればわかることなのだが、北米大陸のインターハイウェイは東西に走る国道の番号が偶数、南北に走るそれは奇数の道路番号が振られているのだ。それらの主要幹線道路から枝分かれし、その先に家が一軒あるだけのような本当に小さな道にも名前がついている。私のように、どこからかやってきた異邦人でも、気持ちさえあればどこへでも向かうことができるような、システマチックな道の作り方がされているわけだ。
ちなみに、パーティーはと言えば、彼の誕生日パーティーで、それを知らずに手ぶらで足を踏み入れた私はなんともバツの悪い思いをしたのであった。初めて招き入れた東洋人の私に対し、ごくごく自然に対応してくれたトミーの家族への感謝の念は忘れようもない。
いっぽう、チーム代表であるケビン・エリオンは家族や親戚が集うサンクスギビングデー(感謝祭)に私を招待してくれた。日本で言えば盆のようなイベントで、どう振る舞ったものか戸惑ったものだが、トミーといい、ケビンといい、私という存在を「敵対心はありませんよ」の距離から、「仲間」の距離へと近づけてくれたことは、素直にうれしかった。
カリフォルニア流「趣味の楽しみ方」
カリフォルニアで私の新しい日課になったサーフィンを通じ、「プロレーサーとして働くこと」とは別に「アマチュアとしてものごとを楽しむこと」についての奥深さを感じさせてくれたのも、カリフォルニアの人々だった。
私の暮らしていた地域は、プロスポーツのスター選手や資産家なども住む、いわゆる高級住宅街だったのだが、そんな彼らでも、キレイとは言いがたい格好をして、私と一緒に波に揉まれていた。ここでは、誰もが自分なりの価値観のもとに、誰の目も気にすることなくものごとを楽しみ、同好の者に対しても常にウェルカムという姿勢を貫いていた。上手いとか下手だとか、身につけているものが高いとか安いとか、そういったものは関係なく、ただ同じ趣味を楽しむものが隣にいるのみ。
重要なのは、そのことを楽しんでいるのか? もっと言えば、やっているのか? やっていないのか? 楽しんで、やっているのであれば、素晴らしいね! というわけだ。
趣味であっても、テクニックのある者こそが「エラい」、常に最新・最上級のものにこそ価値があると信じていた私にとって、これは大きな驚きであり、現在、雑誌の『Riders Club』にて開催している「ライディングパーティー」などで、バイクの楽しみ方を広く伝える仕事の礎にもなったと思っている。
*
私が契約したツーブラザーズ・レーシングは、1993年のシーズンオフにクレッグ・エリオン、ケビン・エリオン兄弟が袂を分かったことから「エリオン・レーシング」として再出発をすることになり、マネージメント陣は多忙を極めていたようだ。
しかし、カリフォルニアで様々な人・コトと出会ったことで体力のみならず、気力も充実した私は、ライダーとして、人として一回り成長した実感があった。希望に胸を膨らませ、来たるべき新シーズンへの準備が進んでいっていた。
――第5回に続く
(構成:編集部)
「トップを走れ、いつも」
vol.4 カリフォルニア生活で出会った人・コト
(2014.9.24)