若旦那が図鑑に!? 詳細は後半を
(画像提供:土湯温泉観光協会)
こんにちは。コピーライターの川上徹也です。先月から始まったこの連載。
前回は「創業の思いや哲学を売る」というテーマで、売り場に熱をこめている店を紹介しました。今回は「人を売る」がテーマです。
現在の日本で、小さな会社や店が「商品」だけを売ろうとしても簡単には売れません。売ろうとすればするほど価格や品質の勝負になってしまうからです。そうなると大企業やチェーンが有利になってしまいます。“物を売るバカ”(詳しくは
拙著をご参照ください)になってはいけないのです。
では、何を売るのがいいのでしょう? 一番、簡単でわかりやすいのは「人」を売ることです。人が登場すると「物語」が産まれます。「物語」が産まれると、売り場に熱が産まれる可能性が高まります。また商品そのもので独自化差別化することは難しくても、商品に関わっている人では可能になるのです。
人で売って“熱”を産み出す
「人を売る」方法はいろいろとあります。例えば、店頭のPOPなどに、生産者や販売している人間の写真を載せ、キャラクターを前面に押し出していくというのは手軽にできる手法です。
前回も取り上げましたが、愛知県豊橋市に「一期家一笑」という小さなスーパーマーケットがあります。店内には所狭しと、店員の写真とコメントが入った大きなPOP(ほとんどポスター)が貼ってあります。そのコメントを読むとついつい買ってしまいたくなるような秀逸なコメントです。
例えば寿司売り場には、「お寿司、つくらせてください」というキャッチコピーと店員の写真が大きく載ったPOPが飾られています。要は「お祭りや冠婚葬祭などでお寿司の注文を受け付けます」という案内です。もしそのような内容の文面が、そのまま書いてあったとしたら、おそらくスルーされてしまう可能性が高いでしょう。店員の写真入りで「つくらせてください」と書かれているからこそ、ついつい頼もうかなと思ってしまうのです。これはもうお寿司という商品を売っているのではなく、「お寿司をつくらせてください」とお願いしている店員を売っていると言っていいでしょう。
人を売るという方法は、リアルな店舗がなくても可能です。
ヤッホーブルーイングは長野県佐久市に本社・醸造所を置き、「よなよなエール」はじめ多くのブランドの地ビールを醸造・販売する会社です。もともと商品への評価は高かったのですが、この会社が大きくブレークしたのは、商品そのものよりも「人を売る」ようになってからです。
社長の井手直行さんは、自らを「愛の伝道師」と名乗り、「よなよなエール」をおもしろおかしく普及する活動を始めました。缶をキャラクターに見立てて旅をさせるおふざけ企画を実施したり、社長自ら宇宙人やロボットの仮装をしたり、遠方のお客さんに直接商品を届けてそのリポートをしたりと体を張って宣伝したのです。するとその姿が話題になり、商品や会社に興味を持ってくれる人が増えてきました。
そのような人たちがサイトを訪れると、社員が熱をこめて各種ビールの説明や商品開発についての物語を紹介している記事を発見します。それを読むと「ふざけたことをやっているけど、ビールに関してはこんな深い思いでつくっているんだ」と感心してしまいます。すると、会社のファンになり商品を買いたくなるのです。
ヤッホーブルーイングは、年に1度、ファンが集まるイベントを実施しています。そこではお客さんがスタッフに「会いたかった。初めて会った気がしない」と声をかけることが多いと言います。商品を売らず人を売っているからこそ起きる現象でしょう。
「若旦那」を売ることで話題になった温泉
私は全国いろいろな場所に講演に行くのですが、主催者に「この土地の一番のアピールポイントはなんですか?」とよく質問します。すると「いい温泉があって、新鮮な食材を使ったおいしい料理があって」というような回答をいただくことが多いです。
確かにその土地だけを見たらそうかもしれない。いい温泉があって新鮮な食材を使ったおいしい料理がある。しかし日本全国という視点でみたらどうでしょう? どこにもいい温泉はあるし、たいていの土地は食べ物がおいしいのです。それでは独自化も差別化もできません。ではどうすればいいのでしょう?
主役を温泉や食べ物にするのではなく、人を主人公にすることです。例えば、福島県福島市にある
土湯温泉は、温泉や旅館そのものではなく、温泉旅館の若旦那をアピールする「
若旦那図鑑」という情報誌を発行したことで注目されています。
温泉旅館といえば、一般的に女将さんや仲居さんなど女性がクローズアップされることが多いものです(数年前、加賀温泉郷でスタートした「レディー・カガ」などが有名ですね)。土湯温泉はこの逆を行くことにしたのです。
プロジェクトのきっかけは、2011年3月11日の東日本大震災でした。地震の影響で、土湯温泉にあった17軒の旅館のうち6軒が廃業に追い込まれ、旅館を訪れる観光客も激減。このような危機的状況に5軒の旅館の若手経営者たちが立ち上がり、地元短期大学のデザイン専攻の学生と連携し「若旦那図鑑」の発行が決まったのです。
コンセプトは「恋愛シュミレーションゲーム」。若旦那たちをアイドルのように扱い、一人ひとりにキャッチフレーズをつけ「あなたにぴったりの若旦那は? 適性診断チャート」や「若旦那との妄想デート」などの特集を組みました。
これがネットで大きな反響になり、情報誌は発行から数週間で予定部数を配布しきってしまい、イベントも大盛況。多くのメディアにも紹介されたのです。おかげで、温泉の知名度も急上昇。観光客も増えているとのことです。
温泉やそこで提供される料理だけでは、このような現象は起きなかったでしょう。商品そのものではなく「人」を売ったからこそ注目が集まったのです。
皆さんもぜひ、商品を売らずに人を売ることにチャレンジしてみてください。きっと売り場に“熱”が産まれてくるはずです。