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仕事ができる人の必須条件は、まとめると四つあると思います。それは ①目標設定力 ②感受性 ③柔軟性 ④ポジティブ力 の四つです。実は料理は、この四条件を見事に身につける優れたトレーニングになります。‥略‥私はすべてのビジネスマン、特に新入社員の方には、料理研修を必須にしてもらいたいとさえ思っています。それくらい、料理には仕事のスキルを高めてくれる力が秘められているのです。
――第三章 なぜ料理ができる男は、仕事もできるのか? より
 
 
 本書は2010年に男子料理研究家・通称メンキチ(Mens-kitchen stylist)を名乗って以来、男性専門料理教室の先駆けとして、あるいは企業研修にチームクッキングを取り入れるパイオニアとして活動してきた福本陽子氏による、初の著書。上掲4条件のトレーニングについて、著者の解釈は次のようなものだ。①目標設定力――誰かに食べてもらうトレーニング ②感受性――相手が食べたいものを察してつくるトレーニング ③柔軟性――「塩梅」を学ぶトレーニング ④ポジティブ力――レシピに挑戦するトレーニング。
 
 著者の言うように、確かに料理には、①「目標設定が必ずある」(何を使って、何時までに、何を何人分つくるのか)。②「現場を動かすのは生身の人間。合理的に仕事を進めるためにこそ、働く人の心をつかめる感受性が大事」なのもその通りだ。また、仕事では③「プロジェクトが予定通り進むとは限らない。トラブルで計画変更を余儀なくされても、料理でいう『塩梅』で何とかやりくりして形にする」ことが求められる場面は無数にあるし、④「決まりきったルーティンの仕事でも、『ここをもう少し工夫すれば生産性が上がるかも』と工夫する」のは、新しいレシピに挑戦して、あるいはオリジナル・アレンジを試して料理の幅を広げていくことと共通である――ちなみにポジティブ力については、地方への異動でうつ病になった会社員の生徒が復職して都内勤務に戻るとがぜん料理がしたくなったというエピソードも紹介されており、これなどは、語学学習によって神経衰弱から救われた坂口安吾の例を彷彿とさせる。
 
 と同時に、料理男子(ただし叩き上げの)を自負する評者としては、少しく持論を展開させてほしいところだ。経験的に、料理をすると、確実に“元気”になれる。仕事と違う部分の脳を使うことによるリセット効果は一般にもよく言われるところだ。五感が刺激され好奇心が湧いてきて何事にも意欲的になれるからという本書の説明にも同意しよう。また、自分のしたことで周りの誰かを喜ばせられる点や、料理を知ることで夫婦の理解が深まって子どもとの距離が縮まって家庭が明るくなる点も、著者が男子料理のメリットとして繰り返し言及する、その通りだと思う。
 
 しかし、それらの、むしろ基盤になる作用を1つ、心的現象論とでもいえる観点から付け加えたい。「料理をつくることは2回食事をすること」という一項である。自説では、「これから自分に食わせる料理を自分がつくっている(のを深層自我が目の前に見ている)」という体験は、心理学的に「自分は自分に大事にされている/された」という潜在意識を育てることにつながる。このことは決定的に重要だ。テーブルについて「んッ! うまい!」「このアレンジ、俺って天才じゃないか…」と悦に入りながら皿から食物を頬張る食事は、実は2回目の食事であり、その前に、心的な食事が1回目でなされているのだ。だから、疲れて帰る日の夕食は外食で済ませるよりも家で自分でつくって食べたほうが本当の意味で疲れがとれるというのが、評者の経験からの持論である。(読むうちにうんちくめいた持論を喚起される点が「読書体験」から見た本書の良いところでもある。が、51ページに指摘があるように、「うんちく」は「たしなみ」とは似て非なるものであるからご用心・・・)。
 
 そして最後の第6章は“実践編”だ。グルメ誌さながらのクリアなピントとライティングで撮影され、テーブルに並ぶ料理、料理、また料理・・・。「男のシュウマイ&蒸し鶏定食」、「男のおうちでバルメニュー アヒージョ/ナポリタン/カルパッチョ」、「男のオリジナルカレー」、「できる男は挑戦する 魚さばき編/イカさばき・イカ三昧編/揚げ物編」、「男のおもてなしメニュー ローストビーフ/とろとろ牛すね肉の赤ワイン煮」、「男の簡単デザート チョコケーキ/生クリーム杏仁豆腐」。グルメ誌と違うのは、同時処理スキル、タイムマネジメント力、応用力、創造力、行動力、計画性、おもてなし力・・・などと、チャレンジすることで身につけられるビジネススキルがメニューのそれぞれに振られているところと、本書を初めから読んできて料理へのハードルがぐっと下がった男性読者には、それら“高嶺の花”だった料理が今や「自分もできるもの」としてページに広がっているところである。Yes,You can!
 
 そもそも料理ほど不確定要素の入り込む余地がないものはない。油の温度にも火加減や味付けの順番にも完璧に合理的な理由がある。こと料理に限っては、もしうまくできなかった時はその原因は「自分がまだ知らない必然がそこにあっただけ」なのだ。理屈と征服欲を燃やして生きる男たちに、これほど“萌え”る課題はまたとない。このことに気付かせてくれる好著である。
 
(ライター 筒井秀礼) 
 
 
 

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『料理ができる男は無敵である』
著者 福本陽子
株式会社サンマーク出版
2015/9/25初版発行
ISBN 9784763134950
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価格 本体1400円

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(2015.11.18)
 
 
 
 
 

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