前号に引き続き、今回も裁判員制度についてお話します。前号では、裁判員になることは国民の義務であること、他人事とは言えない確率でみなさんが裁判員に選ばれること、そして裁判員に選ばれた場合、多かれ少なかれ負担を伴ってしまうことを述べました。そんな実情を知って、裁判員制度について不満を持たれた人も多いのではないでしょうか。今回は裁判員制度に対するそんな国民の本音や、裁判員を辞退できるケースの紹介、違憲論など、ちょっと踏み込んだお話をしていこうと思います。
辞退希望者続出
最高裁判所のまとめによると、2009年3月現在、29万5000人の日本人が裁判員の候補者として選ばれています。しかし、なんとその内の5割弱、約12万5000人もの人々が調査票にて辞退を申し出ています。特設のコールセンターに寄せられる質問も辞退についてのものが大半を占めていました。ここにきて、“裁判員なんていう面倒なことには関わりたくない!”という国民の本音があらわになってしまった形です。
国民の本音
多くの国民が裁判員制度に反対する理由として、この制度が想定している補償に対する不満と不安があげられます。日当の少なさや、守秘義務を課せられること、被害者や加害者などから恨まれる可能性や、人の運命を左右する大きな判決を下すことへの嫌悪など具体的理由はいろいろありますが、一番の理由は、この不景気の中、連日で仕事を休まなければならないことのようです。
仕事が忙しいです!裁判員、辞退できますか?
果たして、仕事を休むことが困難な場合、裁判員を辞退することはできないのでしょうか?裁判員になることは国民の義務です。しかし、有無を言わさず徴集される訳ではありません。国民の負担が過重なものとならないよう、法律や政令は辞退できる理由を定めており、裁判所から「事情が該当する」と認められた場合には国民は指名を辞退することができます。法令で定められた辞退できる理由の多くは自分が該当するかどうか明白に分かりますが、「やむを得ない理由」という曖昧なものがあります。仕事を理由に裁判員を辞退することができるとすれば、こちらに該当すると認められた場合でしょう
仕事を理由に辞退が認められる場合とは?
ひとくちに仕事が忙しいといっても、忙しいレベルは様々です。“やむを得ない理由”として全てに辞退が認められる訳ではありません。
それでは、具体的にどのようなケースで辞退が認められるのでしょうか?過去に行われた模擬選任手続きで認められた例をいくつかご紹介します。
- 異同時期にあたり、業務の引継ぎで多忙を極める
- 退任の挨拶のために海外の子会社に出張
- 係員3人の内2人が出張と夏休みのため、仕事を休めない
- 通院治療中で、急な体調不良で仕事を休むこともある状況
- 多数の支店長を集めた大きな会議を主催する予定
――逆に認められなかったケースには以下のようなものがあります。
- 大学の非常勤講師で授業があるが、補講で対応できる
- 6人の部署のナンバー2で、部下2人に海外出張の予定があり、欠けると緊急事態に対応できない
上記は、あくまで“模擬”の手続きですので、「実際に本番で同じ理由で辞退が認められるかどうかはわからない」と最高裁は述べています。あくまで参考までにとどめておいてください。
裁判員制度は憲法違反!?
“裁判員制度の導入は憲法違反である”と捉える声があります。その理由としては次のようなものがあります。
- 憲法には参審制や陪審制を許す規定が無い。
- 憲法76条以降において裁判所とは裁判官のみで構成する事を考えているため、審判に裁判員が加わると憲法32条の保障する「裁判所において裁判を受ける権利」が奪われることとなる。
- 憲法37条1項において公平な裁判所による裁判が保障されているが、法律の素人である裁判員が審理に加わった場合公平ではなくなるのではないか。
- 先の2と3に併せ、事件によって裁判員裁判になるか従来の裁判官のみの裁判になるか違うのは不公平である(憲法32条、37条1項)、
- 裁判官は憲法および法律にのみ拘束される(憲法76条3項)と定められているが、裁判官全員が有罪、裁判員全員が無罪の場合において、無罪の判決が下されるのは、先条文に違反するのではないか。
- 裁判員となることは国民の義務であるとしているが、嫌がる者にまで裁判員になるのを強いることは、憲法18条が禁ずる「意に反する苦役」にあたるのではないか。
など、多岐に渡った理由があげられています。
一刑事弁護人として「違憲論」について
理論的に言えば、裁判員制度の導入が違憲である可能性も否定できません。しかしそれは理論上の問題で、実際の裁判において違憲判決が下されるかどうかはまた別です。また、現実問題として裁判員制度は既に始まっているのですから、どうやってより良い制度とするかを皆で議論することのほうが重要であり、また意義があるのではないでしょうか。
裁判員になりたくないみなさんへ
一生に一度でも裁判員候補者に選ばれるのは、全国民の内13人に1人です。選ばれた際には、貴重な体験ができるのだと思って、積極的に参加してみましょう。実際に参加してみてはじめて発見できることもあるはずです。みなさんの手で良い制度へと変えていきましょう。
次回、裁判員としてどんな刑を裁くことになるのか。日本における刑罰の種類を、実例も交えてご紹介します。
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執筆者プロフィール
岡野 武志 Okano Takeshi
アトム東京法律事務所 代表弁護士
経 歴
第二東京弁護士会所属弁護士。 大阪府生。高校卒業後渡米。ニューヨークから帰国後、司法試験に合格し、アトム東京法律事務所を設立。現在は、刑事事件に熱心に取り組む弁護士のネットワークを駆使し、年間100件を優に超えるペースで事件を受任している。企業や会社役員のコンプライアンス担当顧問としても活躍中。趣味は散歩、執筆活動。座右の銘は「人事を尽くして天命を待つ」
オフィシャルホームページ
http://www.atombengo.com/
岡野武志 アトム東京法律事務所