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まず「イノベーターのジレンマ」とは、革新的な製品や生産工程を生み出して勝ち組になったイノベーター企業は(だからこそ)新世代の競争で後塵を拝しがちになる、という現象のこと。本書はこの現象を「だからこそ」というトートロジー(同義反復)で済まさず、理論と実証で経済学的に解明した一冊です。
 
1997年、経営学者でハーバードビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセンがコンピュータのHDD業界の変遷を素材に『イノベーターのジレンマ』(『The Innovator’s Dilenma′』邦訳『イノベーションのジレンマ』)を書き、ベストセラーになりました。彼の分析が業界関係者へのインタビューと業界レポートの読解からなっていたのに対し、本書は資料から数値データを洗い出し、本式の構造解析に載せます。著者はイェール大学准教授で経済学者の伊神満氏。「「経済学の本気」をお見せしよう」(p11)と語る、いわゆるガチなやつです(一般読者向けに数式なし、文体も平易なエッセイ風なのでご安心を)。
 
4年も毎月「ビジネス書」という一定の分野で書評を書いていると、新しい本を読みながら、過去の本で知った・考えたこととの関連を思うことがしばしばあります。「あの本で不満だったあのことが別の言い方で掘り下げられているな」とか、「あの本でこれについて知らなければこの本のこういう良さはわからなかっただろうなぁ」とか。本書はそれが多い一冊でした。なので、今回はそういう書き方をしてみます。
 
例えば「あの本でこれについて知らなければ・・・」のほうでは、『「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法』を取り上げたvol.39。この本は本書でも巻末付録の読書案内に収録されており、「5章(実証分析の3作法)で強調した「相関と因果は全く別物」という最重要ポイントを骨の髄まで叩き込んでくれる」と寸評されています。
 
“骨の髄まで”とは、書評を書いた実感からは、どんな人にもわかるように、懇切丁寧に、わかるまで説明する姿勢のこと。その姿勢がどこから来るらしいかについては「怒気さえはらんだ使命感」という表現で読み解きました。相関関係と因果関係がどう違うか、混同することがどれだけ罪か、あの本で叩き込まれなければ、本書への理解も不十分だったろうと思います。
 
また「あの本で不満だったあのことが・・・」のほうでいえば、『職場の問題地図 「で、どこから変える?」残業だらけ・休めない働き方』を取りあげたvol.33がそれにあたります。当時評したうち、「少し意地悪な想定をすると」以降の箇所と、「「何」はすぐ見つかる。それ「の何を?」と追い込めること、追い込みが的を外さないことのほうが、もっと重要なのです」と書いた最後の箇所は、本書で伊神氏が口を酸っぱくして語っていること――「「問い」の設定が決定的に重要」――に通じるはず。大事なことなので以下いくつか引用します。
 
専門用語を振り回す前に、まずはあなたの「問い」が何なのかを明らかにすべきだし、その問いを決して忘れてはならない。そして、問いに答えるために有意義なのはどういう視点と理論なのか、そこまできちんと考えることだ。(第3章 抜け駆け p84)
 
したがってデータ分析の神髄とは、データ内の「観測された」変数やその値に現れるようなものではなく、むしろ、データには「観測されていない」「目には見えない何か」について、どれだけしっかり考え抜いたかにある。これは経済学的なデータ分析、つまり計量経済学における最重要ポイントだ。ぜひ覚えておいて欲しい。(第5章 実証分析の3作法 p139,140)
 
リーマー師(UCLA博士課程で著者の指導教授だったエド・リーマー氏)の1つ目の質問は、「君の『問い』は何だ?(What’s your question?)」研究プロジェクトを貫く関心事は何なのか、という意味だが、世の多くの研究はこの項目をクリアしていない。「○○理論モデルを××に拡張してみました」「○○計量手法を××に応用してみました」で終わっている。こういう生煮え企画に対するリーマー師の反応はただ一言、「それは『問い』ではない」(That’s not a question.)叩き潰して再考を促すのであった。(第10章 ジレンマの「解決」(上) p266,267より適宜中略)
 
全11章中10章まで来たこの箇所で、図らずも、人生もワンイシューパーティの結党と解散を繰返すようなものか、などと大きなことを思ってしまいました。
 
本書の経済学的解明の結論によると、既存の勝ち組企業が出遅れるのは新参勢力に比べ能力で劣るからではありません。むしろ新規開発を含むあらゆる能力で優れています。
 
それでも遅れるのは、企業として一度死なないと新時代の競争に参加するインセンティブが働かないから。創業と清算を繰り返さないと“やる気”が出ないからです。
 
となれば、「~してみた」「~やってみた」式の「問いもどき」を使いこなすことに習熟している場合ではない。結党ごとにワンイシューに身を投じる覚悟で、「おまえの『問い』は何だ?(What’s your question?)」と自分に問うことが大事なのだと思います。少なくとも事業を経営する限りは。あるいは、自身が責任者であるような事柄――つまり、人生――においては。
 
そして本書第8章「動学的感性を養おう」の内容からは、vol.5で『投資家が「お金」よりも大切にしていること』について書いたことを思い出しました。あの回で評者の友人が「お金についての他人の考え方を初めて聞いたというその時から徐々に変わ」っていったのは、お金や経済について話したり考えたりすることはそれだけ人の目を啓かせることだからではなかったか。著者は次のように語ります。
 
だから(本書のように)大ざっぱで粗削りであっても、経済学の奥深くにどんな考え方や着眼点、世界観が広がっているのかをひとしきり体験しておくのは、有意義かつ面白いことだと思う。そういう学びの機会を提供するのも学者の仕事かもしれない。(第4章 能力格差 p120)
 
また「あとがき」には、本書を執筆した理由として、「日本の企業、政府、そして一人ひとりの読者の方々にとっての「成功」に、微力ながらも貢献したかった」ことが最後に挙げられています。評者は仕事柄大学の先生に原稿を依頼したりその活動をフォローしたりする機会が一般の人よりも多いですが、そのたびに感じるのは、学者という人種が社会人類の幸福の最大化を思っている気持ちです。世間が言う「象牙の塔」のイメージはそこにはありません。
 
『投資家が「お金」よりも大切にしていること』で著者の藤野英人氏がくりかえし読者の経営者に向けて訴えた“真面目”も、これと同じ気持ちではなかったか。2014年11月に読んで考えたことへもあらためて理解を深めさせられた一冊。いやー、堪能しました。
 
(筒井秀礼)
『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』
著者 伊神満
日経BP社(日経BPマーケティング)
2018/5/28 第1版第1刷発行
ISBN 9784822255732
価格 本体1800円
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(2018.7.11)
 
 
 

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