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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

イタリアの食文化を日本に広める
ナポリピッツァのパイオニア

――自ら経営するピッツェリア、リストランテで、サルヴァトーレ氏は徹底的に自身のスタイルを貫いた。ディナーのみの営業、コースメインのメニューラインナップなど、飲食業界の中でもかなり強気なスタイルで攻めたのである。サルヴァトーレ氏は当時をふりかえり、そこには「職人としての誇りがあった」と語る。
 
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 ぼくが強気だった理由は、「美味しいものを食べてもらいたい」という一点に意識を集中していたからです。でもそれは、あまりに職人的すぎる考えだったかもしれない。そこから日本で一定の年月を過ごすうちに、店の空間やサービスについての、経営者としての考え方を勉強していくことになるのですが、当時の自分の中では「美味しい」が100%だった。「美味しいことが唯一無二のサービス。それ以外はいらない」という、いかにも職人らしい、荒っぽい発想だったんです。
 でも、日本人の職人やスタッフを抱えるようになってから、少しずつ考え方が変わっていきました。日本では価格を問わず「美味しい」は当たり前だから。たとえば、数百円で食べられる牛丼店でも「美味しい」は大前提。お客さんたちは「美味しい」の価値をさらに高める他の要素を含めて食事を楽しんでいる、と気付いたわけです。
 イタリアでは100ユーロぐらい出さないと、文句なく「美味しい」と思える味には出会えません。10ユーロでは「美味しい料理」はまず食べられない。でも、日本では、どれだけ安くても「美味しい」が先に立っていないと商売にならない。
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飲食店を経営する者にとってはハイレベルな環境だよね。
 ということは、「美味しい」という要素が30%程度になるくらいに、残り70%のプラスアルファの要素を重視する必要がある。味も含めた総合点を高くしないと日本では生き残れない。逆に言えば、ぼくたちがしっかり確立している「美味しい」のクオリティを落とさずに、他をどんどん加算して70%くらいの割合にすれば、総合点が今の何倍にも膨れ上がるんじゃないか。そう気付いたとき、職人だけだったぼくは、経営者としても目覚めました。
 
 
 
――――イタリアで2年間の休養をとり、再び日本に帰ってきたサルヴァトーレ氏。㈱ワイズテーブルコーポレーションの金山氏とともに再び旗揚げをし、日本人に「ピザ」ではなく「ピッツァ」の文化を根付かせるために、リストランテではなくピッツァの専門店を構え、今度は職人として、さらに経営者として、再び窯の前に立った。
 

家庭の食卓に入ったとき
その料理は文化になる

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 “味のクオリティは落とさず、最高に美味しいのは大前提としたうえで、そこだけに集約しないピッツァ専門店をつくろう”――イタリアから日本に帰ってきたとき、ぼくはこんなテーマを温めていました。もちろん、それは一言で説明できるほど簡単なことじゃない。もしかしたら今まで誰もやっていないリスキーなチャレンジになるかもしれない。でも、それもおもしろいじゃないか。とね。
 スローフードとして食べる以外の可能性をナポリピッツァで実現しようと思ったのはそのときからです。イタリアではピッツァはスローフードでしかありえない。だけど、ここ日本でなら、それぞれの強みを合わせてみる価値はあるかもしれない。スローフードとファストフードは本来なら相容れないけど、日本でならできるかもしれない。
 ただ、なかなか苦労はしたよね(笑)。ジャンボジェットのパイロットが数人乗りのプロペラ機にランクダウンするのは、技術的にもまるでスタンスが違う。それと同じで、ひとりあたり1万5000円ぐらいの客単価でサーブしていた料理を3000円程度のカジュアルなランクに落とし込みながら、それでもテイストは損ねないという矛盾に挑むわけだから。
 その勢いで、ぼくはデリバリーにも挑みました。なぜそこまでチャレンジしたのかって?子どもたちに本物の美味しいピッツァを食べさせてあげたかったから。「アメリカンピザじゃない本物のナポリピッツァを、自分以外に、誰が子どもたちに届けられるんだ?」って思っていました。使命感というと言葉が重いけど、そんな気持ちが確かにありました。
 実はこれ、料理をひとつの文化に根付かせるにはすごく重要なヒントなんです。子どもたちが食事をするのは基本的に家庭です。料理というものは、家庭に入らなければ、文化にはなりません。いくら街中にイタリアンの店があふれていても、家庭のキッチンにオリーブオイルやバルサミコ酢などが当たり前のように並んでいなければ、その料理が文化になったとは言えません。日本でも本格的なナポリピッツァを出す店が増えて、イタリア料理はかなり浸透したように見えます。でも、家庭料理の仲間入りをしたとまでは言えない。その意味ではまだまだですね。
 ある料理が家庭料理に仲間入りすると、子どもの頃からそれを食べ続ける一定の仕組みが成立します。そうすると、繰り返しそれを味わった感覚が、子どもたちの記憶のDNAに蓄積されていきます。「おふくろの味」が美味しいのは、ずっとそれを食べ続けてきたから。記憶の中でそれが「理想の味」の基準になっているからなんですよ。
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 料理人にヒアリングすると、皆同じようなことを習っています。でも、作る人によって味が違うのはなぜでしょうか?最終的に自分が「こっちのほうがうまい」と決めた味に、無意識のうちに偏るからです。料理人の味は、家庭で母親が彼らに食べさせてきた料理の味で決まります。あとはそれがお客さんの味覚とマッチングするかどうか。ぼくが理想だと思ってつくったピッツァが日本で受け入れられたのは、ぼくが子どもの頃から大好きだった味が、日本人に合っていたからなんですね。
 

 

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