格闘技を通じて学び得たこと
カリスマが語る心の成長秘話
常に観客を沸かせ、胸を高鳴らせるエンターテイナーとしての格闘家でありたい。そう願う魔裟斗氏は常軌を逸する努力もいとわず、自分を追い込み続けていった。
練習日は毎日緊張していた
20代前半くらいまでの頃の、まだ若い時代の練習はキツかったですよ、正直(笑)。 たとえばミット打ちをするとしましょう。ミット打ちというのは、トレーナーにミットを構えてもらって、そこめがけて休みなしに拳や蹴りを打ちこんでいく練習です。1ラウンド3分で5ラウンドやるんですが、普通は5ラウンドこなしきる体力を計算してやるんですね。でも私は1ラウンド目から全力を振り絞っていた。一日一日、体力が完全になくなるまで出し切るなんて、きっと他の選手はしないでしょう。ただ、そこが私と他の選手の違いでもあった。もちろん年齢を重ねて、経験を重ねればそんな闇雲な練習はしなくなってきましたが、性分なんでしょうね、苦しくなければ練習じゃないと思っていましたからね。
だから練習前は、いつも緊張していました。なにせ 「今日、これから俺は死ぬほど苦しい思いをするんだな」 とわかっていますからね。楽にやろうと思えば緊張しないのですが、若かった私は絶対に練習では自分に厳しくしようと思っていましたから。20代半ばからはフィジカルに関する知識も蓄積されてきたので、効率のいい練習メニューをこなすようになっていきましたが、「自分を追い込む」 という基本は変わりませんでした。
毎日、練習が終わったらハードワークの影響で嘔吐するんです。でも 「ここで逃げたら、俺はすべてのことから逃げてしまう」 と思って、絶対にキツいことから目をそむけなかったんです。今から思えば、苦しいことを多くクリアしてきたことで、図太い精神が養えていったと思いますね。
「弱い犬ほどよく吠える」 という諺がありますが、それはまさにその通りです。20代前半の若いときは、とにかく虚勢ばかり張っていた。リングの上で睨みつけたり威圧したり、エラそうな態度をぶつけてみたり。でも本当に強い人は、普段通りの表情をしている。それでオーラが十分出るんです。
魔裟斗氏は、現役時代に2度、K-1のチャンピオンに輝いている。2000年 『K-1 J・MAX』 で、ムラッド・サリ (フランス) に勝利して。2度目は2003年 『K-1 WORLD MAX 2003』 で、前年度王者であったアルバート・クラウス (オランダ) を2RでKOして。この2戦は魔裟斗氏の格闘家人生においても大きなターニングポイントになったという。
肉体と精神はつながっている
チャンピオンになった2試合は、印象深い試合でしたね。そもそも王者獲得がかかった試合というのは、目標としてきたことに手が届く寸前の試合ですから、他の試合とは意気込みが違う。見た人にとっても、1位であれば記憶に残りますが2位は記憶に残ることはない。「あ、そういえばいたね」 という程度でしょう? 意味がないんです、1位でなければ。
王者の座についてからは、状況が一変しました。プレッシャーがとにかく強くなった。最初にチャンピオンになったのは23歳のときでしたが、「負けられない」 という一心で練習を増やしすぎてしまって、オーバーワークになっていったんです。
肉体と精神はつながっていますから、精神が疲れていると身体に異変をきたしますし、その逆もしかり。当時は、肉体が疲れすぎて、精神がかなり疲弊した状態でした。若い頃は精神が弱いものですので、余計に疲弊しがちだったんですよね。私はストレスを発散するような趣味や手段をもっていなかったので、とにかくもう耐えるしかなくて。自分がどうにかなってしまうんじゃないかと自覚するくらい、精神のバランスがおかしかったと思います、当時は。でも、試合の1週間前になると練習量を一気に落として調整に入りますから、一気に身体が楽になる。そうなるとマイナス思考のルーティンから抜け出してプラス思考になり、「俺が負けるはずがない」 と自信もみなぎってくる。
もっともそれも若い頃の話であって、キャリアも後半になると経験から考えられるようになるし、精神もある程度は図太く鍛えられてきますから、次第にメンタルバランスに苦労することはなくなりました。そのうえで、信頼すべきトレーナーとの出会いがあり、彼の導きで、より強い精神と肉体のバランスをとれるようになっていきましたね。