格闘技を通じて学び得たこと
カリスマが語る心の成長秘話
そのトレーナーと付き合っていて知ったのは、人のことを注意するのには、実はすごくエネルギーがいるということ。めんどうくさくもあるし。格闘家以外でもそうだと思いますが、叱ってくれる上司がいるということは、それだけ楽な環境にいるわけです。注意されたことを直せばいいわけですから。でも注意や指導をされないと、自分で自分の欠点や短所、問題点に気づかなくてはいけない。普段、なかなかそこに気付くことはできないわけですから、そのトレーナーが私にバシバシと毒舌をぶつけてくれたことは、本当にありがたかったですね。そういう存在は一人か二人、本当にごく少数でいいと思います。ただ、いるのといないのとでは、絶対にいたほうがいい。それだけは確かだと思いますよ。
そんな魔裟斗氏も2009年の大晦日、アンディ・サワー選手との試合を最後に現役を引退。まだ手探りながら、明確なヴィジョンをもってK-1プロデューサーの道を歩み始めた。ビジネスへの見方が確立してくると同時に、「大人になった」 と実感する機会も多くなったそうだ。取材当日が第一子の出産予定日ということもあり、話題は 「大人の強さ、真に強い人とはどのような人か」 という精神論の極みへと導かれていく。
真に強い人は、真に優しい人
私には2歳年上の兄がいるのですが、最近になって兄への接し方が変わってきたんです。兄は、ごく一般的なサラリーマン。現役時代、トンがっていた私は、兄より自分のほうが人間として格上だと思っていたフシがありました。自分のほうが世の中を刺激できている存在だ、自分のほうが親への支援もたくさんできている、自分のほうがとにかくすごい、と。
でも最近、家族で集まったときに 「兄貴は兄貴ですごいんじゃないかな?」 と思うようになった。確かに社会的に知名度があるのは私のほうですし、私の発言と兄の発言の世の中への影響力は違うでしょう。しかし彼は彼で、私の知らないことをたくさん知っている。自分にできない仕事をすることだってできている。そして小生意気な弟を温かく見守っていてくれていた。
自分本位な視点がなくなり、多くの気付きを得ましたね。一般のビジネスパーソンのみなさんも、私のことを 「魔裟斗って、すごいよな、強いよな」 と思ってくれているかもしれないけど、私は私で、「ビジネスやっている人ってすごいよな」 「会社に勤めて、組織の中で仕事をしている人ってすごい」 と思えるようになりました。
そうした、周囲を認める優しさと言いますか、世の中への見方が変わってきたことは、しかるべき変化だと受け止めてもいます。ストイックな現役時代を生き抜いてきて、確かにあの頃、ファイターとしては誰にも負ける気がしないほど強かった。でも、人間としては、明らかに今のほうが強いと感じているんです。
私も、今日明日にも父親になりますが、私の父は元自衛官で、兄や私に本当にやさしい父でした。子供に甘いのではなく、誰にでも優しいんです。私も、父親になろうとする今、その気持ちを理解することができる。優しさというのは心が強くないと周囲に現れません。父がかなり精神力が強い人だったことに、若い頃はちっとも気付けませんでしたが、今になってよくわかる。強い人は、人に優しくなれるんだと。
きっと父も兄も、彼らなりの苦労をしてきた部分もあるでしょう。そうした苦労を乗り越えて、強くなり、優しくなっていったのだろうと思います。私も、振り返るとそうでした。難関から逃げずに挑んでいく。そのうち、自分にも人にも優しくなれる。優しさとは、強さの裏返しなのだと、今、私は信じていますね。
もっとも私も、まだまだ大人としても、プロデューサーとしても成長過程にあると思います。プロデューサーに就任したといっても手探りの状況で、一つひとつ学びながら進めていくことに違いはない。でも、現役時代にチャンピオンになるという目標を持っていたように、今は今で大きな目標を持っていますから、ひたすらそこへと突き進むだけですね。
(インタビュー・文 新田哲嗣 / 写真 Nori)