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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

刀鍛冶の業と誇りを守り
築地と共に生きる包丁店

 

自らを研ぎ澄ませて仕事に向かった三代目

 
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三代目の故三夫氏は、顧客の望む “最高の包丁” を常に提供した
 四代目は幼い頃から先代の姿を見て育ったと思いますけど、どのような方だったんですか。
 
小川 職人そのものだったと思います。二代目の祖父と、その兄弟弟子から鍛冶や研ぎを学んだと聞いていますが、ヘマをすれば金槌が飛んでくるような環境で技術や仕事に対する心構えを培ったそうです。
 
 金槌ですか? すごいな、それは。 
 
小川 「刃物が砥石に当たる音が違う」 とか、仕事ぶりをたしなめる時にはそういうことがあったようですね。上下関係が厳しいですし、「教えるよりも、見て育つ」 という時代でしたから、「どのように違うのか」 など聞けるはずもありません。それこそ二代目や兄弟弟子の姿を見て、音を聞いて、自分なりの業を磨いたんだそうです。
 
 目や耳で技術を盗み、身体でおぼえると。職人の世界ではそれが当たり前なんでしょうね。
 
小川 はい。私の知る先代は普段から寡黙な人でしたが、研ぎものをしている時には、なお無口になりましてね。話しかけようものなら怒声が飛んだものです。
 
 う~ん。まさに、「真剣」 という言葉がよく似合うお話だなぁ。
 
小川 普段、私たちは 「研ぎ澄まされる」 という言葉を用いますが、研ぎの作業というのは、本当に神経を研ぎ澄ませて行うものだと父の仕事を見て学びました。「“気” を入れてこそいい仕事ができる。“気” が入っていない仕事は機械と同じだ」と、口癖のように言っていたものです。
 
 その言葉には非常に共感します。サッカーではどんな一流プレイヤーでも、気持ちが入っていなければ並のプレーしかできません。きっとそれと同じことなんだろうな。
 
小川 そう思います。そして、そのような厳しさがあるいっぽうで、商売人としては丁寧な接客を心がけていました。若い板前さんなどに対しても、とても慇懃な物言いでしたし。
 
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魚河岸と歩み140年。現在は築地で店を営む
 人間って、大成すると態度が居丈高になりがちな人もいるものですが、そうではなく、お客様を大事にする接客のプロでもあったわけだ。素晴らしい方だったんですね。
 
小川 ありがとうございます。父曰く 「男子生涯の道、一生が修業」 とのことでした。一つの壁を乗り越えて成長しても、また次の壁がそびえ立っている。「その一つひとつを乗り越えていくことによって一生成長を続けられる」。そう話していました。
 
 心に染み入る言葉です。一流の職人であり、人格的にも優れた方だったことがうかがえます。四代目も鍛冶や研ぎをされるのですか。
 
小川 いえ、この世界は女人禁制で、私がどんなに男勝りでも(笑)、鍛冶場には入れません。だから、先代の存命当時から、私は築地市場のお得意様を回り、御用聞きをするのが主な仕事です。先代が他界して私が四代目当主となりましたが、こちらにおります跡取り、五代目を継承する石川に商売の心を伝え、当主を引き渡すのが現在の役割と思っています。