宗教や民族、年齢、性別が異なる多様な人材がいれば、全員が全員のことをわかりあえるとは限りません。それでも、相手の背景を知り、わかりあえない事実まで理解すれば、わりきってうまく付き合える。これは、移民の多い国ならではの寛容さがあってこそ成り立つのかもしれません。日本の企業がダイバーシティ・マネジメントを実践していくうえで、この点を意識していけば、きっとみんなが実力を発揮できる、良いチームがつくれると思いますよ。
それに、様々な文化や宗教、民族について知ることは、職場内だけでなく、グローバルなビジネスを展開するうえでも、大きなチャンスになるんじゃないかなぁ。例えば、日本では2020年の東京オリンピックに向け、飲食業界もインバウンド対応を急速に進めていますよね。しかしながら、その多くが外国語対応程度に留まっていて、内容にまだまだ改善の余地があるように感じられます。
というのも、前回でも少し触れた通り、やはり、宗教や国ごとに特有の食文化があります。最近では、日本でもムスリムが食べられるハラルフードの専門店などが増えてきているようですし、宗教によって食のタブーがあるというのは、皆さんもなんとなくはご存じですね。でも、前述のイスラム教について「豚肉を食べてはいけない」という知識はあっても、アルコールもNGということや、豚以外の食肉についても細かな決まりがたくさんあることは、知らない人も多いのでは? 他の例を挙げると、ユダヤ教の場合は水中生物もヒレやウロコのないもの――甲殻類や、ウロコの目立たないウナギも食べられないし、肉と乳製品を一緒に食べることなども禁じられています。こうした食の制限についての情報が、日本ではあまり浸透していないのが現状です。
そうした引き出しを、僕を含め、スタッフ全員がたくさん持っているのは、大きな強みです。これって、多様なバックグラウンドを持つスタッフがいる――“ダイバーシティ”な環境による恩恵でもあるんでしょうね。正直、ここまで細かく対応しているレストランは、飲食激戦区のビバリーヒルズでも珍しいと思います。だからこそ、当店は決して安くない単価にも関わらず、お客様はわざわざ足を運んでくださり、ビジネスとしても成り立っているわけです。
ダイバーシティにしてもインバウンドにしても、どちらにも共通するのは、やはり相手のバックグラウンドを知る大切さ。これは、僕がビバリーヒルズで働く中で、身を以て実感したことです。この話が、多様化する人材やお客様への対応につまづいている日本の経営者や管理職の皆さんの、お役に立てれば幸いです。もし実践してみて「うまくいった!」という方がいれば、ぜひ、教えてくださいね。「スパゴ」ビバリーヒルズ本店で、お待ちしています!
vol.3 多様性への理解はビジネスチャンスに
著者プロフィール
矢作 哲郎 Tetsu Yahagi
「スパゴ」ビバリーヒルズ本店総料理長
経 歴
父の仕事の関係から中学・高校時代をアメリカで過ごす。書店で偶然手にした、カリフォルニア料理の草分けであるシェフ、ウルフギャング・パック氏の料理本に魅せられた。高校卒業後、帰国前にパック氏のレストラン「スパゴ」に足を運び、料理の道へ進むことを決意。辻調理士専門学校でフレンチを学び、フランス、日本で経験を積む。その後、日本にオープンしたパック氏の系列店で腕を振るった後、「スパゴ」本店へ。現在、総料理長として店を切り盛りしている。
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