この8月、東京都がいよいよ、都内の中小企業向けにBCP策定の支援事業に乗り出した。大地震や洪水、システム障害、不測の事故、新型インフルエンザなどのリスクに対してBCPを策定しようとする企業(35社)に、無料で個別コンサルティングを行う。一つの自治体が35もの企業に無料でBCP策定の支援をすることは、世界でも例がない。いま、東京都の中小企業は50万社。たった50万分の35かと言うなかれ。確かに数字としては微々たるものでしかないが、第一歩の実績を作った意義は大きい。
いま、東京都から真に実践的な中小企業のBCPモデルが全国に波及していこうとしている。
中小企業にこそBCPを!
東京都が無料で中小企業35社を個別支援
まず、数字で東京都の現状を眺めてみよう。人口は約1300万人と世界最多。GDPは92兆3005億円(2007年度) で、世界の都市で最大だ (日本のGDPの6分の1、ニューヨーク市の2倍)。事業所数は、中小企業が49万8000社、大企業が4800社。当たり前だが、東京にある会社の99%が中小企業なのである(2006年度)。
これらの中小企業へのBCP導入の状況はというと、BCPを策定している企業はたったの6%でしかない(平成21年度の東京都他が行ったアンケート調査)。製造業だけを対象にした別の調査(1万社を調査した 「東京の中小企業の現状」。平成21年度) によると、BCPを策定済み・策定中と答えた企業はわずか2.2%でしかなかった。
一方で、この都のアンケート調査では、回答企業2000社のうち15.4%が取引先からBCPの策定を要請され、52.1%の企業が今後要請される可能性があると回答していた。BCPの必要性に迫られている企業の割合がかなり高いことも明らかになったのである。
東京都は近い将来、確実に直下型大地震に襲われるといわれ、水害(ゲリラ豪雨)、停電・火災などの事故、システム障害、新型インフルエンザなど地震以外の多くの脅威にもさらされている。地域に根付き、都民の社会経済活動を支えている中小企業を強くすることが、「強い東京都」 の実現につながることは誰が考えても明らかである。
これまでにも全国の自治体が中小企業にBCPを導入させるための取り組みを進めてきた。その方法は大きく (1)BCP策定支援のための相談窓口を作る (2)専門家を派遣する(HPで告知) (3)企業の担当者向けの研修会を開く などのパターンに分けられる。しかし、これまでの連載で述べたように、さまざまな理由で効果が上がっていない。
「とくに中小企業のトップの方は、景気の低迷で、いまは目の前の経営課題を維持するのに精一杯。いざというときの対策が必要なことはわかるが、そこまでは手が回らないとおっしゃいます。そうは言っても、事業継続は企業にとって最重要の課題。東京を支えている中小企業が、現状を打開して一押しする仕組みを、ぜひ作りたいと思っていました」(東京都庁商工部経営支援課長・吉村恵一氏)
東京都がとった戦略は、国の緊急雇用対策事業の枠組みを利用することだった。都が民間事業者(コンサルティング会社) に事業を委託し、コンサルティング会社が一定期間、新規雇用者(コンサルタント) を確保し、中小企業のBCP策定を支援する。雇用対策とBCP普及の一挙両得をねらったものだ。緊急雇用対策事業を活用する取り組みは鳥取県、長野県などいくつかの県でも実施されているが、東京都の事業は、35の企業を選定し、個別コンサルティングを行い、BCP策定後に演習を行うなど、より実効性を高めた実践的な内容になっている。プロジェクトの名称は 「東京発 チーム事業継続」。業務の委託先は、コンペ方式でニュートン・コンサルティング株式会社(東京都千代田区・副島一也社長)に決まった。
BCPを策定して情報発信
注目されることで啓蒙・普及をはかる
都に事業の提案をする際、ニュートン・コンサルティング社長の副島氏がコンセプトに掲げたのは 「注目と実行」 だったという。
来年2011年3月までの期限付きの事業なので、まず、35社が短期間で一気にBCPを作り、事業継続力を高める仕組みを作り上げる。 → メディアを通じて情報発信し、同時に、すでにBCPを策定済みの大手企業にも参加してもらって応援団(コンソーシアム) を作る。 → そして、事業が終わる来年3月に成果発表会を開催する。35社が、「とにかく最後までやるんだ」 という強い思いを持ってBCPを策定。その結果を情報発信し、注目されることで全国の中小企業にBCPを普及させ、企業文化の中に定着させることを狙いとしたという。
「BCPには、絶対的な正解があるわけではありません。立派なBCP文書を作っても、実行力が上がるわけでもない。実行力のあるBCPにするためには、意志決定権のある経営トップの参加が不可欠です。さらに、BCPの対象となる業務の担当者や現場責任者、事務局にも参加してもらう。毎回、私どもと経営者、現場責任者、事務局が膝を交えて語り合い、問題点を話し合っていくプロセスが事業継続力を高める原動力となるのです。短期間であっても、とにかく最後まで進める。演習まできちんとやってプロセスを終了させることでBCPの全貌が理解できる。そういった事業案が東京都の目指している方向とも一致し、採用していただきました」(副島氏)
プロジェクトは、まず、前述の都のBCPアンケートの回答企業2000社にパンフレットを送付し、応募した企業の中からトップインタビューなどを行って35社を選定。35社を第1陣から4陣までの4グループに分け、各々の企業が2ヶ月ほどでBCPの策定から演習までやってしまおうというものだ。対象となる中小企業は、中小企業基準法に準拠した企業に限られる。そして、何よりも重要なことは、経営トップがBCP策定の必要性とメリットを理解し、BCP策定に積極的に参加すること。副島氏は、参加希望の企業の経営者に次のようなBCP策定のメリットを強調し、理解した上で参加してくれるよう要請しているという。
(1) 不測の事態から会社を守る
リスクが明確になり、いざという時にも事業を継続できる
(2) 不測の事態への備えによって、信用力が向上できる
サプライチェーンの一員である場合、BCPの策定状況を聞かれるケースが増えている。BCP策定で信用力、競争力の向上につながる
(3) BCP策定を通じた経営見直しにより、体質強化をはかることができる
BCP策定は、自社の経営を客観的に見直す絶好の機会となる。BCP策定の効果だけでなく、強い会社を作る原動力になる
(4) BCP策定を通じて、組織全体での企業力強化をはかることができる
トップ、現場、事務局の意思疎通をはかることができ、同時に各部署での問題点や課題がはっきりしてくる。
「事業継続というと、言葉はずいぶん難しそうですが、BCPで行うことというのは、本質的にはたった二つなんです。いざという時に会社の資産(社員の生命)を守ること、その上で事業を継続することです。自社にとって最優先の事業を継続するための手順書を作り、それを実行することなのです」(副島氏)