会社を大きくしないのはなぜか
岡野工業が従業員4人の会社(2009年までは6人)だって知ると、たいがいの人がびっくりして、「なぜ大きくしないんですか?」 と聞いてくる。大きくしようと思ったらいくらだってできたけど、おれは大きくする気も、人を増やす気もなかったんだよな。小さいのがうちの強みなんだから、それを手放そうなんて思わないよ。会社を大きくしちまうと、社員とその家族を食わすために、気に入らない仕事も受けなきゃならなくなるだろ。難しい仕事とか、挑戦し甲斐がある仕事とかは大好物だけど、そうじゃなけりゃまっぴらだ。受けるからにはこっちが決定権を握ってなきゃ、いい仕事はできねえよ。
親父から 「大きくするのは簡単だが、いったん大きくしたら小さくするのはむずかしい。いくら工場を大きくしたって一生は一生だ。職人は自分で食えるだけの仕事をしてりゃいいんだ」 と教えられたせいもあるな。
おれに言わせりゃ、大企業の社長だからって、まんじゅうが10個も食えるかい? ってことさ。食えるのは1個だろう。車を何十台買ったって、乗るのは1台さ。まんじゅうは 「人の一生」 の喩えなんだが、大企業の社長になったって、何度も人生をリセットして生き直しができるわけじゃない。死ぬときだって、みんな一人なんだ。おれは、一度きりの人生を、自分のために生きてみたい。だから、会社は大きくしないのさ。
小さくてもオンリーワンでいられる理由
会社が小さいことのメリットってのは思ったより大きいんだよ。
まず、技術者として、職人として、思いっきり濃~い仕事ができる。大会社の社長は経営者の立場を優先しなきゃならないが、それだとせっかくの職人芸が埋もれちまうよ。会社が小さけりゃ、カネじゃなく仕事を追いかけることができる。「モノを作って、その価値を相手に認めてもらう」 って仕事をしたいのが、おれたち職人ってものなんだ。
細かいところに目が行き届くってのも、小さいからこそのメリットだな。おれたちが取っ組む相手は機械だから、不具合が出たり、調子が悪くなることもある。そこでいかに素早く対応するか。社長が作業着を着ていればすぐに対応できるだろ。工場で働く人の苦労も、そのほうがわかるってもんだよ。
それと、工場を大きくしたら、何から何までできる職人が育たなくなるからなあ。考えてごらんよ。「○○さん、手が空いたらこっちの機械の調子見てください」 なんて一々やってたら効率が悪いだけだ。そこに行くとうちの職人は優秀だ。自分で全部できるから、何が起きたってビクともしない。自分の機械は自分で面倒を見る。おれの出る幕はねえ。だからおれも自分の仕事に専念できるってわけさ。
プラントを据えて、作った製品を企業に売って儲けたらどうかって? その発想もおれにはないな。プラントに軸足を預けちまって、それだけで手一杯になって、仮にその製品の需要がなくなったらどうするんだ? 仕事はなくなるわ、人手は余るわ。そんな怖いことできねえよ。
うちは、開発したプラントはさっさと売っちまい、買った会社に儲けてもらうことにしてる。その間に、こっちは新しい開発にとりかかる。新しい技術を開発してりゃ、屋台骨がぐらつくことなんかないよ。「山椒は小粒でピリッと辛い」 って言うだろ? たった4人だからこそ、岡野工業は技術開発じゃ他に負けないんだ。だから、うちは小さくてもオンリーワンでいられるんだよ。
特許は大企業と一緒に取る
うちは特許もたくさん持ってる。ただし、申請は、単独じゃなくて大企業との共願がほとんどだ。それでいいんだよ。
ここは間違って考えてる人が案外多いんだが、特許は個人で取ろうとしたってあんまり旨くないんだ。「痛くない注射針」 も、うちが技術を開発して、テルモさんが特許を申請して、半分半分の権利で、世界中で特許を取った。大会社っていうのは、ノドから手が出るほどその特許技術が欲しくても、プライドとか面子があるから、頭を下げてお願いには来ない。普通は黙って商品化しちゃうんだな。特許権侵害だと訴えても、長い長い裁判が終わる頃には技術が用無しになって賠償金も取れない、なんて破目になることだってある。
だから、特許は大会社と一緒に取るのが一番いいよ。大会社が相手となりゃ、他社も勝手にその技術を使うわけにいかないから、「ちゃんと特許を買おう」 ということになる。今もうちは数十個の特許を持っているけど、全部、大企業のメーカーと共同で取ったものだ。それで充分利益を得てる。こういうのも、会社が小さいことのメリットと言えるんじゃないか。
もっと頭を使って知恵をしぼろう
この不景気に従業員4人の会社が忙しくて仕方ないのは、何度も言うけど、他にない技術やノウハウがあって、一から十まで全部自分でやっているからだ。やれ不況だ、不景気だと嘆くヒマがあったら、頭をしぼって知恵を出したらどうだろうな。同じ部品を作るにしても、よそ様が思い付かない画期的な方法で作れないか考えてみるとか、やることはいくらでもあるはずじゃないか。
人と同じことばかり考えてると、だいたいは、後から同じことを始めたところに敵わなくなってくる。「後発の有利」 ってやつだ。日本は欧米の製品よりも安くていい物を作ってきたから経済大国になったんだろ。それが今は、人件費の安い中国やアジアの国々が追い上げてきてるよな。でも、コストで負けても、絶対に中国にできない技術を手がけていけば、怖いことなんてないと思うよ。中国が追いかけてきたら、こっちはその間に、もっと先に行けばいい。
これからの時代は、確立済みの技術では作れないものとか、ルーティン化した仕事では回せないサービスとかが求められるようになる。少なくとも、魅力的な商品は、そこからは生まれてこないだろう。そんな時代に花咲かせられる種を持ってるのは、大企業じゃなくて、うちみたいな小さな会社なんだ。小さいことはいいことだ。オンリーワンの技術と、新しい発想や知恵をしぼれば、大企業と対等以上に戦えるんだから。
そういう意味で、やっぱり、おれたちみたいな町工場は、チャンスをいっぱい持ってると思う。うつむいて不景気なツラしてないで、頭を使って、知恵をしぼって、頑張ろうよ。
来月は・・・そうだな。「失敗」 について話してみようか。楽しみにしててくれ。
もういっぺん、作ってみようや! ~町工場最強オヤジ!岡野雅行の直言~第5回
執筆者プロフィール
岡野雅行 Masayuki Okano
岡野工業株式会社 代表社員
経 歴
岡野工業株式会社代表社員。十代初めから、実父が営んでいた岡野金型製作所で職人修業を開始。勤勉に仕事にいそしむかたわら遊び仲間も多く、仕事と遊びの双方で「向島の岡野雅行」の名を上げ始める。1972年、製作所を引き継ぐと 「岡野工業」 と社名を変更。金型だけでなくプレスも導入し、高い技術力を持って大手との取引が増え始める。インシュリン用の注射針で主流になっている「ナノパス33」をはじめ、ソニー製ウォークマンのガム型電池ケース、携帯電話のリチウムバッテリーケース、トヨタプリウスのバッテリーケースなど、世界的な躍進を遂げた製品はどれも岡野工業製作の部品が支えているとすら言われている。