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映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第5回は 『黄金を抱いて翔べ』 (2012年・自作品) から、“飛翔”。
 
 
 おかげさまで、自作がヒット中なのは嬉しいことだけど、女性客を狙ったキャスティングのせいもあってか、封切り直後の劇場には女子が圧倒的に多く、男子は傍らに小さく追いやられていた。なんだか申し訳なくて。ボクの映画ではとても珍しいことだ。そして、そのハードボイルドな悪漢の非日常の物語に、ちょっと打ちのめされた女たちが、男子に、心臓が心筋梗塞を起こしそうな、そんなショック感と高揚感をクチコミで伝えてくれて、それで、男子も “一念発起” して見に来てくれたような、そんな感じの滑り出しだった。
 でも、近頃は確かに、女子のほうこそハードボイルドに生きているように思う。飲み会でも、男はたちまちに泥酔して、上司や仲間や、彼女にちょっと責められて叱られただけですぐに泣いてしまったり、そんなシーンを盛り場でもよく見かける。今回は、何をやっても何を考えても人生一回こっきり、“ここらで一発、オレも跳んでやるぞ” というテーマのボクの最新作にかこつけて語りたい。
 
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『黄金を抱いて翔べ』 2012年・日本(配給:松竹)
(c)2012『黄金を抱いて翔べ』製作委員会
公式サイト http://www.ougon-movie.jp
 ホントに男臭い映画を作ってみたかった。世間に呑まれて、ヘロヘロのフニャフニャな男子がホントに多過ぎる。だから激励叱咤したかった。泣きたくなるなら映画館の中で泣いてほしかったからだ。女子は用心深くても、イケメン男子俳優たちがどんなことに挑むのかじっくり見てやろうじゃないかと、時間を “文化” に使う生活の余裕がある。男子は文化に浸る金もない。一人頭2500円の飲み代を、気マジメが祟ってか汗臭い部長が割り勘で徴収している。不景気は仕方ないが、「よっし、ついて来い、オレが奢ってやる」 という上司の声は聞こえない。夕方、職場の女子を無理に誘っても断られる。それがまた酩酊の元になる。酔っぱらっては昨日と同じ愚痴や、一昨日の得意先に褒められた自慢を、延々、言葉の分からない出稼ぎの韓国人や中国人の女たちに繰り返している。

先日も、某映画会社の44才の課長が28才の部下に 「オレより後から入社したアイツが先に部長になりやがって」 とか、「毎月、別れた妻子にちゃんと19万円払ってんだから、偉いだろ」 と酒を口から零しながら喋り始めた。他におもしろい話はないんですか? と部下が窘めるように聞くと、もう気絶したように眠っている始末。部下が横のボクに一言、「この人、いつもこうやって堕ちて壊れてしまうんですよ、こんな上司を無視してください」 と。横からボクは、「金にはならないけど、『黄金』 のチケット遣るわ」 とプレゼントした。 今度は、その部下に 「お前は、跳んでみたい夢なんかあるんか?」 と聞いてみた。「今はボクも精一杯です、いつか、監督のその “金塊強奪” の夢みたいな、野望は持ちたいです、こんな会社いつまでも居られないし、ボクも実は、女のことでダメージ受けてんです、女子大生のキャバ嬢に100万円もつぎ込んでたら逃げられて」 と。『黄金』 の強奪グループにも似たような人生のサラリーマンが一人混じっていた。誰もが現実の不甲斐なさに喘いでいる。脱サラするなど猶予もない。牛丼一杯をご馳走と思いたくないが、もうすっかり慣れてしまった。土曜日のパチンコも生き甲斐になった。明日は見えない。探しているが見えてくれないのが今の閉塞社会だ。

映画は、『黄金』 を抱いて飛翔したい孤独な野郎たちが、何が何でも計画実行のために命を懸ける、そんな話だ。下手をすれば刑務所が待っている。それでも、これと決めたら、どんな敵が現れて邪魔をしようとも、『黄金』 を見つけるまで奮闘する。人間の居ない場所があるなら行って、そこで人間を辞めるつもりでいる天涯孤独な主人公 (妻夫木聡)、そして、大学の先輩のチームリーダー (浅野忠信) は大阪で運送屋のトラック運転手をして勤勉に暮らしている妻子持ちだが、息子は5才の自閉症児だ。リーダーの弟 (溝端淳平) はリストカッターでバカラのギャンブルに嵌っているフリーター。誰も皆、心に闇を隠している。だから、彼らは 『黄金』 に挑む共同幻想を見る。
 

さて、隣りの部屋に住む人の、心の 『黄金』 とは何だろうか。50才を過ぎて一戸建てのローンを払えるようになったとしても、消えた夢の火種の一つぐらい、まだ残ってるはずだ。人生は一度っきり、それを抱かえて “跳んでみろ” だ。映画館の暗闇で、自分だけの跳べる場所を見つけたなら、なり振り構わずに跳び上がってみて欲しいな。(余談だが、色恋も 『黄金』 か知れないけれど、今どきのハードボイルドな女子に縋るのは男子の本懐じゃないだろしね。)
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。

 
 
 
 

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