「おわりに」の冒頭で、2016年1月8日の『ウォール・ストリート・ジャーナル』に載った米連邦取引委員会の警告が紹介されます。ビッグデータの分析をビジネス利用する企業に向けたその警告は、「相関関係があるということは、因果関係があるということを意味しない」というものだったそう。
 
今これを、A「相関関係があるからといって因果関係があるとは限らないということだ」とか、「相関関係があるからといってそれが因果関係かどうかはわからないということだ」ととる人がいるいっぽうで、B「相関関係があれば因果関係はないということだ」ととる人もいると思います。自称“論理的人間”にいたっては、C「相関関係がないということは因果関係があるのだ」ととるかもしれません。ここまでくるとほとんどギャグですが、BやCの論法が政治家の発言の揚げ足をとる際の基本戦略にされている現状を思えば、笑うに笑えません。
 
本書は「日常生活の中でも、因果関係と相関関係の違いを理解し、「本当に因果関係があるか」を考えるトレーニングをしておけば、思い込みや根拠のない通説にとらわれることなく、正しい判断ができる」という趣旨のもと、「因果推論の根底にある考えかたを徹底的にわかりやすく説明するために執筆」された1冊です（ともに引用は12ページ）。“徹底的にわかりやすく”との狙い通り、どこにも難しい文章はありません。内容をその通りに追っていけば、因果関係と相関関係の違いも、通説にとらわれない判断の仕方もマスターできます。
 
そのうえで本書が教えるのは、「論理的に考えるとはどういうことか」だと思いました。語られる・書かれる内容がそのままで論理的思考を具現化している書籍というものは、決して多くない。因果推論がまさに論理的だからだとしても、ここまで平易な文章展開でそれがなされていることに、むしろ凄みを感じます。
 
第2章は因果推論の理想形である「ランダム化比較試験」の解説。第3～7章は実験的な状況を利用する「自然実験」「差の差分析」「操作変数法」「回帰不連続デザイン」「マッチング法」の解説。第8章はビッグデータの多くがそれによって分析される「回帰分析」についての解説。各章とも、書かれている通りに読めば理解できます。間違って使っていた語彙は正しい意味を学ぶことができます。章ごとにチョコレート消費量とノーベル賞受賞者数の関係や、受動喫煙と心臓病のリスクの関係といった身近なテーマのコラムが付いているのも読者を飽きさせません。巻末には「因果推論をもっと知りたい人のためのブックガイド」（寸評付き！）と、このクラスの一般書には珍しい語句の索引まであります。どうしてこんなに親切なのか、至れり尽くせりなのか、と思っていると･･･。
 
「おわりに」の後半、186、187ページに、その理由を思わせる記述がありました。アメリカのオバマケアに関するシンポジウムで「ケアは医療制度の改悪だったのでは」と質問したジャーナリストに、制度設計にも携わった医療経済学者が「個々の話に惑わされずに、データを用いて全体像を見てください」と諭したエピソードがある、その続きです。任意で中略しつつ、できるだけ短く引用します。
 
「わが国を振り返ってどうか。永田町・霞が関で行われている政策的な議論が因果関係を示唆するエビデンスに基づいて行われたものとはとうてい言いがたい。選挙が近づくと、短期的に得票に結びつくような政策ばかりが議論され、公約とされてきたことが覆ったり、何の根拠もない政策が強引に推し進められたりして、国民の利益が著しく損なわれている。次の世代よりも次の選挙が重んじられる有様を見るたびに、『選挙や政局といった一時的なポリティカルショーに左右されるのではなく、長期的な視点に立って、国民の社会的厚生（＝幸福）を最大化できないものか』と思う。」
 
言葉は穏やかですが、怒気さえはらんだ使命感を感じないでしょうか。同じく「おわりに」によると、メキシコでは第54代大統領が1994年から2000年までの任期中に「プログレッサ計画」という貧困対策を実施し、かつ、計画に貧困削減効果があるかどうか、大規模なランダム化比較試験で厳密な測定を行ったそうです。目的は、大統領や政党が代わっても正しい政策は政策として維持されるようにすること。政策を、時々の為政者の手から、厳密な意味でエビデンス・ベースドにすることで国民の手に恒久的に取り戻させることでした。
 
果たして日本にこの発想があるか。そもそも私たちは、政治家に限らず有権者も、「論理的に考える」とはどういうことかを知らないまま来てしまっているのではないか。その反省とともにお勧めする1冊。必読です。