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vol.12(最終回) 得手に帆あげて

 

「バイク」を、さらなる高みへ

 
 そしていまひとつの“野心”は、長い歴史を持ち、すでに完成の域にまで達した「バイク」という乗り物を、さらに高い次元へと進化させていくということ。ホンダのレーシングエンジンなどの開発を行ってきた「無限」ブランドを擁するM-TECとともに挑む電動レーシングバイク「神電」の開発がそれだ。
 
 私は、バイクは間違いなく「電動化」の道をたどると思う。
 ご存知の通り、電動バイクは排気を出さない。騒音もエンジンと比べれば桁違いに少ない。そして、バイクの走りを決めるためのカギとなる、出力特性を作り込むにあたっての自由度も格段に高い。
 「電動バイクなんて距離も走れないし、実用に耐えられるわけがない」という声があるのは理解しているが、携帯電話のバッテリーの進化を振り返ってみていただければわかりやすい。数年前、丸一日充電せずに使えるスマートフォンがどのくらいあっただろう?
 
 2009年からマン島TTレースで始まったゼロエミッションクラスに、「神電」が参戦を始めたのは2012年のことだ。1周60.725kmの公道コースで、ライダーであるジョン・マクギネスが記録したタイムの遷移を見てほしい。初年度が22分08秒851で順位は2位。2年目の2013年は20分40秒133、これも順位は2位。そして3年目である2014年は19分17秒300、結果は優勝。
 1年ごとに「分」の単位でラップタイムを短縮できる、この「伸びしろ」を目の当たりにできるのは、レースというものにずっと携わってきた私の目から見て、エキサイティングというよりほかない。これほど劇的なスピードで進化を続けるのが「電動」の分野なのだ。
 
 私がこのプロジェクトで取り組んでいるのは、現役時代から現在に至るまで、あらゆる場面で知ってきた「いいバイク」の要素を、余すこと無くここに注ぎ込んでいくということだ。
 22,000rpmに達したRC149の、まるで真空の中を滑空するような感覚、「等爆」エンジンを搭載したNSR500のはじけるようなパワー、現代のMotoGPマシンの正確無比な電子制御がもたらすコントロール性・・・。
 
 まだ生まれたばかり──エンジンを搭載したバイクが100年以上もマン島TTレースを走り続け、その中で進化してきたのに比べれば、本当に「生まれたばかり」だ──でありながら、歴史上のどんなバイクよりも優れた乗り味を持つ1台を作り出すことも、夢ではないのだ。そこに私の「あらゆるバイクに乗る技術」が生きるのであれば、まさに「ライダー冥利に尽きる」というものだと思う。
 
 

仕事は楽しまなくては、損だ

 
 振り返ってみれば、私は人生を左右するような重要な局面で周囲に流されてばかりいたような気がする(私に助言を与えてくれる人々が皆、言葉では言い表せないほどに温かい人ばかりだったことに感謝するばかりだ)。それでも、ひとつだけぶれなかったのは「バイクに乗る」ということばかりをひたすら見つめ続けてきたということだ。
 私がもっと多才だったならばやってみたかったことも、ひとつやふたつではない。しかし私は「これしかできない」という認識でいたし、幸か不幸か、そこに全“経営資源”を注ぎ込むという生き方しかできなかったのだ。
 
 新しいものが次々に生まれてくる現代において「これさえ続けていれば大丈夫」といったサービスやプロダクトなど存在せず、いま最新だとされているものが数年後には陳腐化してしまうことなどよくあることだ(認めたくないものだが、私の「レーシングライダー事業」も同じ道をたどったとも言えるのかもしれない)。しかし、ひとつのことに集中して、とことんまで取り組む姿勢までが否定されるわけではなく、むしろ逆だと思う。
 
 重要なのは、どんな状況にあっても「自分はどうしたいのか、何を成し遂げたいのか」「自分の成し遂げたいものは相手にどんなメリットをもたらせるのか」を主体的に考え続け、行動することなのではないだろうか。私のような個人事業主であれ、会社経営者であれ、会社員として働く人であれ、自分の置かれた立場で「得手」を正しく認識すればその視点を忘れることはないし、どんな苦境でも乗り越えていけるはずだ。
 
 得手に帆をあげる。そして、仕事は楽しむ。
 まだ私の仕事人生は長いはずだから、到底「総括」などできる段階ではないのはわかっているが、これが私の見いだした「働く」ということなのだと思う。
 
 
 この1年、お伝えしてきたのは「バイクに乗る」ということに関連した話ばかりだった(私にはそれしかできないのだ)。「仕事のヒント」になるようなものは無かったかもしれないが、もし「明日からまた頑張ろう」という元気を少しでも得ていただけたのだとしたら、こんなにうれしいことはない。
 今後どこかでお目に掛かった時には、ぜひ気軽にお声をかけていただければ幸いだと感じている。1年間にわたってお付き合いいただき、ありがとうございました。
 
 
<連載了>
 
 
 「トップを走れ、いつも」
vol.12 (最終回) 得手に帆あげて 

 執筆者プロフィール  

宮城光 Hikaru Miyagi

MotoGP解説者

 経 歴  

MotoGP解説者、元HONDAワークスライダー。1981年からオートバイレースを始め、1983年の全日本選手権(GP250クラス他)でチャンピオンを獲得。翌84年は同選手権F-1クラス(4ストローク750cc)に参戦し、またもチャンピオンを獲得。その後も主に全日本と全米選手権でHONDAワークスライダーとして活躍し、2000年からは4輪レースでも活躍。引退した現在はレース解説やモーターサイクル関連イベントの司会、安全運転講話、HONDAの歴代レーシングマシンのテスト走行などで活躍中。

 オフィシャルホームページ 

http://www.hikarun.net

 フェイスブック 

https://www.facebook.com/Bplus.jp#!/miyagi.hikaru?fref=pymk

 
(2015.5.20)
 
 
 
 

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