Vol.8 キャリア16年目の「初レース」
モータースポーツの基本を思い出す
せめて、この状況に対する申し開きの機会でもあれば・・・そう考えながら迎えた決勝レースの朝。参戦ドライバー全員を集め、レースに向けた注意事項の伝達などが行われるドライバーズブリーフィングも終盤に差し掛かったころ、ぱっ、と手が挙がった。話し始めたのは、全日本ツーリングカー選手権や全日本GT選手権等で活躍し、のちに日本人で初めてアメリカのNASCAR最高峰クラスであるウィンストンカップ・シリーズにも参戦した福山英朗さんだった。
その言葉は今でも忘れることができない。
「こうしてすばらしいドライバーの皆さんと、無事に最終戦を迎えられたことをうれしく思います。ところで今回は、二輪のすばらしいライダーたちが、参戦してくれることになっています。せっかくだから自己紹介をしませんか?」
その確かな実績と人格から、このレースに参戦するドライバーたちからの信頼も厚い福山さんの言葉は、まさに助け船だった。
ここには私が二輪の世界で残してきた実績を知っているドライバーも少なくはなかったが、私のなすべきことは認識の甘さを反省し、「チャンピオンの懸かった重要な一戦であることを理解している」旨を自分の言葉で説明することだ。
「こうして、初めて四輪のレースに参戦することになりましたが、免許を取った初日に首都高に乗ってしまったような気分でいます。皆さんの邪魔だけはしないように走りきりたいと思いますので、ひとつよろしくお願いします」
この一言の挨拶だけで、ドライバーたちからの目はいくぶん和らぎ、ようやくレースへの参加を許されたと感じた。
一歩間違えば大事故に発展しかねないモータースポーツは、そこにいる全員が「互いを信頼している」という前提があってこそ成立するものだ。私と、ドライバーたちの間を取り持ってくれたと同時に、そんな「モータースポーツの基本」を思い出させてくれた福山さんには、どれだけ感謝してもしきれない。
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レースはといえば、上位クラスのスカイラインGT-RやRX-7、ランサー・エボリューションなどのマシンのヘッドライトがミラーに映るたびに身がすくむような思いをしながら、(またも「トップを走る」というポリシーには反するのだが・・・)「他人に迷惑をかけない」ことを第一に、完走34台中25位という順位だった。当然のことながら、見るべきものなど何もない結果であるが、私が得たのは「原点に立ち返る」ということの重要性だ。
歳を重ねるごとに、「自分のやり方」は確固たるものとなり、それが武器にもなっていくいっぽうで、自分が仕事にどう立ち向かうかという振る舞い方についての柔軟性も失っていく。
しかし、アメリカへ渡る、チームを作る、これまでと全く異なるバイクでレースをする、四輪のレースに出る・・・。綿密なキャリアプランを持った人間ならば、おそらく経験しないであろう数々の「原点に立ち返る」経験は、レーシングライダーとしてのキャリア後半を迎えた私に、常に初心を忘れないことの大切さを教えてくれたし、自分が仕事をしていく上での原理原則をより強固なものへと育ててくれたと考えている。
私はどんなときでも自分を見失わない聖人君子ではないし、どちらかと言えば深く考えずに行動したり、その場の空気に流されたりすることもある人間だ。だからこそ、こうした機会が必要だったのだろうし、こうした数々の機会を得ることもできたとも考えられる。苦しいことも多いが、前向きに考えさえすれば、必要なイベントが必要なタイミングで発生するという点で、人生というのはよくできているものだ。
──原点に立ち返る。
アメリカ生活最終年となる翌1997年もまた、まさにそんな1年となる。
──第9回に続く
(構成:編集部)
「トップを走れ、いつも」
vol.8 キャリア16年目の「初レース」
(2015.1.21)