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宇宙、いかが?
~エレベーターで どこまで行こう~

 
 
 明日3月26日、種子島宇宙センターからH-IIAロケットが打ち上げられます。2001年の1号機から数えて今回は28回目。米国のデルタⅣやアトラスⅤ、欧州のアリアン5ロケットと並び、すっかり信頼性の高い国産宇宙ロケットになりました。近年は民間企業も宇宙ロケット開発に参入。“ホリエモン”こと堀江貴文さんのプロジェクトはよく知られていますね。
 
 でも、宇宙に行く手段はロケットだけじゃないって、ご存じですか?
 実は、むしろロケットがナンセンスに思えてくる宇宙への交通手段の研究が、1960年頃から進んでいるのです。その名も「宇宙エレベーター」。今月はこの“とんでもないエレベーター”をご紹介しましょう。
 
 
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宇宙エレベーターの原理概念図
「エレベーターということは、人が乗った大きな箱をケーブルで宇宙から引っ張って・・・って、あれ? ケーブルはどこから出てるの?」――はい、そうですね。私たちにとって宇宙は“何もない空間”。巻き上げ機も、巻き上げ機を固定する土台もありません。代わりにあるのは質量。つまり重力です。宇宙エレベーターはこの重力を使って地球を宇宙とつなぎます。その仕組みは、次のようなもの。
 
 
● 地球の回りにある人工衛星のうち、赤道上の高度約3万6000kmを周っているものは静止衛星と呼ばれる。周期が地球の自転と同じで、地上からは空の同じ場所に止まって動かないように見えるから。
 
● この静止衛星から地上に向けてケーブルを吊り下ろす。衛星はケーブルの重さの分重力で地球に向けて引っ張られ落ちてしまうから、宇宙に向けてもケーブルを伸ばしてその分の重み=遠心力を増やして釣り合わせ、落ちないようにする。
 
● そのままそれぞれ長さを伸ばし、地球に向けたケーブルが地上に着いたところで固定する。このケーブルに昇降機を取り付れば、地上から宇宙に向けて昇ったり、宇宙から地上に降りてきたりできるようになる。
 
 
 壮大で大がかりなアイデアほど、意外にシンプルな原理で成り立っているもの。宇宙エレベーターもその一例と言えそうです。ただ、原理がシンプルなら実現に向けた課題も簡単かといえばそんなはずはなく、宇宙エレベーターの場合、「宇宙ステーション(静止衛星)から地上まで吊り下げても自重で切れないほど引張強度が強いケーブル」が存在しないことが最大の課題でした。無理もありません。何せ、地球側だけで長さ3万6000㎞ですからね。
 
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宇宙エレエベーター実現イメージ
 しかしこの状況も、1991年に新素材「カーボンナノチューブ」が開発されたことで変わります。径1mm2あたり15tという異次元の引張強度を持つこの素材の登場で理論上はケーブルの課題をクリアできたのを機に、宇宙エレベーター開発は一気に加速。NASAをはじめ各国の研究者・研究機関で国際会議が開かれ、最近は具体的な建造計画をたてる民間企業も現れてきました。日本では大手ゼネコンの大林組が2012年2月に「宇宙エレベーター建設構想」を発表。構想によると2020年代後半から2030年にかけて地球側のエレベーター発着施設の建設を始め、2050年の運用開始を目指すといいますから、ほんの35年後のことです。「宇宙と往来できるエレベータ一」は、もはやSFの話ではなくなっているのです。
 
 
 さて、ここまではケーブルの話。もうひとつ、ケーブルをつたう昇降機の課題はどうでしょうか? この分野で基礎研究を進める一般社団法人宇宙エレベーター協会(JSEA)が最新成果を発表するイベント「宇クライマ」を開催するというので、昨年冬、横浜まで行ってきました。
 
 宇宙エレベーターにおける昇降機は「クライマー」と呼ばれます。“宇宙”の“クライマー”で「宇クライマ」。当日は昨年夏に静岡県で行われた「第6回 宇宙エレベーターチャレンジ(SPEC)」の成果が発表されるとともに、出場各チームの昇降機の利点と問題点が検討され、それらの成果を総合した理想のクライマーづくりについて、熱い議論が交わされました。下の動画は高度1200m×2往復の世界記録を達成した「チーム奥澤」他各チームのクライマーのチャレンジの様子。地上がぎゅんぎゅん遠ざかっていく積載カメラの映像は圧巻です。
 
 ちなみに、ケーブル(テザーと呼ばれます)が平板状になっているのは、実際の宇宙エレベーターのケーブルもこの形状だから。カーボンナノチューブ製のケーブルの自重は大林組の構想の場合、2050年の運用開始時点で約7000t。この重さを、厚さわずか1.4mm×幅4.8cm(地上付近ではわずか1.8cm!)で支えます。恐るべし、カーボンナノチューブ。
 
 
 と、それにしても――。
「1200mで世界記録? 3万6000㎞を昇らなきゃいけないのに?」――こんな声が聞こえてきそうです。確かに、一般の感覚からはそう感じるかもしれません。
 
 実は今回イベントに参加して一番印象的だったのは、基礎研究の世界の、ある種の“とんでもなさ”でした。現在研究されている、「テザー(ケーブル)をつかむ摩擦力で昇る」というアプローチが、宇宙エレベーター実用化の暁にはまったく別のアプローチに取って替わられている可能性が少なくないことも、高度1200m程度では部分的な研究にしかならないことも、研究者の皆さんは重々承知の上。それでも、「結果的に踏み台になるだろうことを自覚しながら知見を積み重ね」、「自分たちこそが、次に来るアプローチへの道を拓く」という気概で、共通のテーマに没頭しているのです。
 
 宇宙エレベーターが実現した時の昇降機は、SPECで競いあうクライマーとは前提から変わってしまっているかもしれません。にも関わらず、やはり必須である基礎研究を、営々と、刻むように続けている・・・。この世界観は強烈でした。
 
 
 研究リソースが他のニーズに取られる結果、製造可能なカーボンナノチューブの長さがまだ数cmにとどまることなど、実現への道のりはまだまだです。でも、あらためて、宇宙エレベーターの意義とは何でしょうか。エネルギー不足問題を解決する宇宙太陽光発電システムを、ロケットの百分の一のコストで建造できるようになること? スペースデブリをこれ以上増やさず宇宙開発ができること? 惑星間航行がしやすくなること? 宇宙旅行が簡単にできるようになること?
 
 どれも正解だけど、どれも少しずつ足りない気がするのは、「未来に夢を馳せ、リアルに追求する素晴らしさを教えてくれること」が入っていないせいかもしれません。
 
 とんでもないこと――あなたは最近、何を思い描きましたか?
 
 
 
 
参考資料 「季刊大林 No.53 タワー」
 
 
 
 

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