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今はどうなのか、評者の世代(1973年生まれ)までは確かに、「学部は?」と聞かれて「経済です」と答えれば、「ふ~ん」という感じで、なんとなく軽んじられました。漫画や映画などでも経済学部は「大学に進むキャラがとりあえず志望する学部」の設定で、世間の見方は大方が、“卒業しても特別な能力(まだ「スキル」なる語はなかったような)は身につかないだろうに、お気楽なもんだ”というものだったと思います。「工業立国・日本」の旗印のもとで実用に役立つ人材こそよしとされた世相も思い出されます。私たちは今それらをひっくるめて「昭和」と呼び、懐かしむわけですが。
 
本書の前書きに、大学を巡る環境の変化として「高校生や予備校生、経済学部以外の大学新入生にも、経済学の魅力をわかりやすく伝えなければならない場面が増えてきた」ことが書かれています。文系・理系を問わず、「ココロ」と「経済学」の奇妙な組み合わせについて語ると、彼らは目を輝かして聞き入ってくれると。
 
想像ですが、彼らも最初は、「ココロ」を心理術化された心理学のほうのイメージで聞くのではないでしょうか。巷には人の心はいくらでも操作してマーケティングなりファイナンスなりの利益につなげられるかのような話があふれています。(本書が標ぼうする行動経済学も一面だけ切り取ってそのように使われるきらいがあるようです)――でも途中から、どうも違うぞ、と気付いてくる。「経済学」のほうも、前世代の混同に引きずられて例えば「経営学」と混同していたことに気付いてくる。
 
経済学の魅力をわかりやすく伝えなければならない場面が増えてきたのは、資本主義経済の一面的発展が行きつくところまで行きついたことに加え――その結果かもしれませんが――人の心が「テクニック」の範疇で扱われだしたことが背景にあるのではないか。それに比べ、本書の特に第3、4章では、経済学がmoral science(モラル サイエンス)として発祥・発展してきた経緯が描かれています。モラル サイエンスとは、評者の理解で今の日本語の語彙にすると、カタカナ言葉ではありますが、「ソーシャルデザイン」が近いでしょう。『「ココロ」の経済学』というタイトルから一種の心理マーケティングの本を期待して手に取った読者は中を一読して不明を恥じつつ、高校生、予備校生、経済学部以外の大学新入生たちと共通の新鮮な感動を味わうはず。その意味で、「興味ある章から、読み始めて頂ければ結構です」と著者は書いていますが、順はともかく第3、4章を読み残すのはNGです。新しい世代に置いていかれますよ。
 
そのように本書の位置づけを定めたら、現実の、それこそ細かい商品動向のトピックにもジャンルによっては関連づけて読めるのが、新書らしいおもしろいところです。
 
例えば「スキル」と同じく頻繁に言われるようになった「リスク」「不確実性」「想定外」。ビジネスでよく使う言葉ですが、正しい意味で使っているでしょうか。
 
本書によれば、リスクと不確実性を最初に明確に区別して定義したのはアメリカの経済学者のフランク・ナイトです。ナイトは統計的確率を適用できる出来事を「リスク」、適用できない出来事を「(真の)不確実性」と呼びました。統計的確率とは、無限に繰り返し試せる事柄についてある特定の結果が現れる頻度のこと。サイコロを6回振るうちに最低1回は1の目が出る確率は67%もあり、これを6分の1の確率まで収束させるには600回振らないといけないそうです(p124)。つまり、確率論的には、社長や店主が普段の経営判断で直面するのは「リスク」なんてものではなく、ほとんどは「不確実性」なのです。だからなんでも「想定外」で片づけていいわけではありませんが、勇気は湧くというか、なんというか。
 
いっぽうで保険商品などはIoTとビッグデータの普及で今後はリスクが「見える化」されます。医療保険、自動車保険、etc・・・。遺伝子解析や既往歴をもとに疾病率を予測したり、運転技術のリアルタイム評価から事故を起こす可能性を数値化したり。保険の位置づけが未来の不確実性への備えから正しい意味のリスクへの備えになれば、商品の質が変わります。その先には、そもそも保険は個人の備えなのか、社会的相互扶助なのかという議論も控えています。
 
経済学がソーシャルデザインになるのは例えばそこのところ。「ココロ」はこれにどう関わるのか。行動経済学はどう関われるのか。課題に誠実に向き合った良書だと感じました。
 
(ライター 筒井秀礼)
 
『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』
著者 依田高典(いだ たかのり)
株式会社筑摩書房
2016/12/10発行
ISBN 978448069313
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価格 本体800円

(2017.1.11)
 
 
 
 
 

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