内部留保悪玉論――ではなく

これ、また「企業は金ばっかり貯めこむな!」と言われるんだろうなあ・・・。でもね、これは業績が厳しくなっても従業員のクビを切らずに済むようにするための内部留保でもあるから。つまり、社長たちは来年か再来年にまたいっそう景気が落ちこむのを見越してるんだ。景気が良くなって3、4年続くとわかっていたら投資もするよ。そうしないのは、単純に未来に備えてるんだ。従業員を利益の調整弁みたいに使うハゲタカ企業ならいざしらず、従業員に迷惑をかけたくない日本の中小企業の肌感覚としては、備えるほうに向かうのはある程度理解できる。
いっぽうで記事には「企業がイノベーションへの投資をしていない結果だ」という主旨の分析もあった。イノベーションと言われたら・・・これは認めざるをえない。残念ながら。そのうえで今回は、じゃあどうしてイノベーションが起こらないのかという理由を、私が実際に見聞きした例から話そうと思います。問題をちゃんと見すえることが解決への第一歩になると信じながら。
イノベーションと大企業病
これは難しい経済理論じゃなくて、現場で働く人の心理の話なんです。日本でイノベーションが少ないのはどの企業も縦割社会だからです。特に大企業がそう。それぞれの縦割りのトップが悪い意味でエリート意識を持っていて、情報交換がない。せっかく末端から画期的なアイデアが出ても、「あいつが動いていないものを自分が先に動いてババを引いたら損」という防衛本能が働いてしまう。もっとこじれると「あいつが認めるものは認めない」というふうに、反対することが自己目的化してしまう場合すらある。
先日、取引先の営業マンが、MBAを取るために社費でアメリカの大学に留学するから担当を外れることになったと言ってきた。毎年社内からごく少数選ばれるんだそうだ。「ってことは、君、将来の経営者候補じゃん! 平凡な営業マンだと思ってたら、すごい奴だったんじゃん!」って言ったら、そんなふうに言ってくれる人は周りにいないから嬉しいって喜んでくれた。会社はエリートばっかりだからみんなライバルというか競争相手というか。お互い他人に関心を持つっていう空気がないんだって。で、初めて彼といろいろ深く話して、お父さんどういう人なのって聞いたら、外交官だという。「外交官! すげえ!」って素直に驚いたら、また喜ぶのよ(笑)。父親の転勤のたびに外国をあちこち回り幼少の頃から海外生活を送り、高校大学は日本の学校に通って、今の会社に入って、で、佐藤っていう苗字に憧れるって言うの。「なんで?」って聞いたら、海外で名乗るときにSatoとかSuzukiとかTanakaだと、すぐ日本人ってわかってもらえるからって。
しばらくそんな話をして2人で大笑いした後で、言ってあげました。「君さあ、今日初めて君個人の話を聞いたよ? そういう話、なんでしないの? そしたら君の印象も違ってたのに。もっと早くいい仕事ができたのに」って。そうしたら、それはできないんだってね。クライアントの話は聞くけど、自分の話を自分から振るのは会社の規則でNGなんだってね。また、そうやって控えめに控えめにして、その他大勢に埋もれていないと、いつ周りに刺されるかわからないんだって。
中小企業こそ真っ先に
この話、皆さんはどう感じます? 私は他の企業の例も知ったうえで、この雰囲気は日本の大企業に共通のものだと思う。各業界でそういう会社が川上を仕切っているから、日本では新しいものがなかなか生まれない。末端にはいいアイデアもイノベーションの芽もあるんです。でも、判子を押すのは上司だ。その上司にしてみれば別に今さら評価が変わるわけじゃなし、あと5年大人しくしていたらたんまり退職金をもらってバイバイできるのに、今さら新しいことなんかで下手したくない、だから彼らにはやらせないよ。
でも、中小企業の非エリートたちはそうじゃない。中小企業で50代のオヤジといえば、いよいよ油が乗ってくる時期だ。かく言う私もその年代で、今が一番仕事が楽しい実感があります。そういうときに周りからもいいアイデアが出ると、「いっちょやったるか!」と燃えてくる。皆さんもそうでしょ?
イノベーションを起こすのは日本では常に中小企業なんです。だから行政も、もっと中小零細ベンチャーを助けるべきだ。その意味で象徴的なのが高速道路の最高速度見直しのニュースです。
1963年に日本最初の高速道路が名神間で開通して以来時速100kmのままだった最高速度について、警察庁が一部区間において120kmへの引き上げを容認する姿勢を示したそうだ。あの当時は100kmもスピードを出したら車がガタガタして怖かったけど、今の車は排気量1000CC以上あれば120km出したって快適だ。タイヤも良くなったし、車検だって2年か1年おきで受けている。道路も、日本の道路整備技術はピカイチだ。メーカーは車の品質向上に、各制度は事故や整備不良の未然防止に。それぞれがいろんな努力を重ねてきた成果が、今回の最高速度見直しでやっと活かされる。私はこのニュースをこんなふうに普遍的に理解しました。
日本にはこれと同じ類のことが多いんじゃないかな。つまり、周辺の関連要素が優秀になったのに肝心のところが旧態依然のままだから可能性が阻害されているビジネスや業界が、日本にはまだ眠ってるんじゃないかということ。行政の動きでそれが解消できるのなら率先して動いてほしい。それで風穴が開いたら、我々中小企業こそ、真っ先に息を吹き返そうじゃありませんか。
だって皆さん、まだまだ、大人しくなんかなれないでしょ?(笑) だから攻めて攻めて、儲けてみっぺ!
vol.14 なぜイノベーションは中小企業から起こるか
著者プロフィール
佐藤 勝人 Katsuhito Sato
サトーカメラ株式会社・代表取締役専務/佐藤商貿(上海)有限公司・総経理/日本販売促進研究所・経営コンサルタント/作新学院大学・客員教授
経 歴
1964年栃木県宇都宮市生まれ。1988年、兄弟とともに家業のカメラ店をカメラ専門チェーン店に業態転換させ、商圏をあえて栃木県内に絞ることにより、大手に負けない経営の差別化を図った。以来、「想い出をキレイに一生残すために」というコンセプトを追求し続けて県内に18店舗を展開。同時におちこぼれ社員たちを再生させる手腕にも評価が高まり、全国から経営者や幹部リーダーたちが同社を視察に訪れている。2015年からはキャノン中国とコンサルティング契約を結び、現場の人材育成の指導にあたる。主な著書に『売れない時代はチラシで売れ』『エキサイティングに売れ』(以上同文館出版)『日本でいちばん楽しそうな社員たち』(アスコム)『一点集中で中小店は必ず勝てる』(商業界)など。最新刊『断トツに勝つ人の地域一番化戦略』(商業界)が好評発売中。
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