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「抑制の利いた、どこにも煽情的要素がない文章で、空恐ろしい事実とその背景への分析が、つづられていく本。」――と、わざとvol.38と同じ書き出しにしてみます。この本も、あのとき取り上げた『人口減少時代の土地問題 「所有者不明化」と相続、空き家、制度のゆくえ』と同じ問題意識で読むことができるからです。ご面倒でなければ、今回の評はvol.38と一緒にお読みいただければと思います。そして、あの本と同じようにこの本も、本気で、心底お勧めします。
 
著者の宮本雅史氏は2017年夏に『爆買いされる日本の領土』を上梓。本書はその続編です。前著との大きな違いは、日本財団研究員として外資による土地買収の問題を2008年から研究し、宮本氏が「私のアドバイザーであり同志」と信頼をよせる青森大学の平野秀樹教授を共著者に迎えたこと。これにより、ジャーナリストとして買収の実態をルポルタージュする宮本氏の第Ⅰ部と、土地法制の不備およびそれが改まらない理由を知悉する平野氏による第Ⅱ部という構成で、実態と制度面の両方から、この問題について知ることができます。
 
なお、平野氏が“改まらない理由”を知っているのは、研究員として、あるいは与党政務調査会特命委員として、不備を是正しようと動くたびに、陰に陽に妨害にあってきた当人だから。妨害の様子は「世論戦Ⅰ~Ⅴ」として本書170ページから184ページにかけて書かれています。
 
一例が、国が動かないのに業を煮やして条例で買収へ規制をかけようとした自治体に対し、農水省が見せた反応です。2011年夏、日本財団研究員として条例の必要性を根気強く発信していた著者は、次のように聞かされたそう。文中で(筆者?)となっているのは平野氏のことです。
 
「農水省の首脳幹部が地方自治体の幹部にふれまわっているそうですよ。『林野庁関係者(筆者?)に脅されて、自治体が条例づくりに走っている‥‥‥』って」(p174)
 
また朝日新聞は、2012年12月25日の新聞の1面と2面で条例制定の動きを次のように牽制したそうです。
 
「〈朝日新聞が47都道府県に取材したところ、8道県で1234ヘクタールの森林が外資に買われ、8割以上が北海道だった。中国資本の買収は408ヘクタールで、そのほとんどは香港資本。しかし水資源目的の買収は一件も確認されておらず、‥略‥「国土」や「領土」を守る政治的姿勢が実態より先行している側面もある。〉」(p174。略は評者)
 
この記事について平野氏は、届け出書類の「利用目的」欄にわざわざ「水源地の買収」「小口証券化で原野商法」「補助金目当ての先買」「廃棄物処理予定地」などと書く買収者はいない。7~9割は無難な「資産保有」「不明」「転売目的」などと記す、と指摘したうえで、群馬県嬬恋村の例を示します。
 
「嬬恋村の場合、山林44ヘクタールが2011年9月6日、この日1日で3回の転売が行われ、最終的に外国人に買収されたが、隣接地から湧き出す「湧水量の四分の一」を使用する権利もついていた。この届出書の「利用目的」欄に書かれていたのは、「資産保有のため」であった。‥略‥こういった群馬の事実(ファクト)や北海道での実態上の問題がスルーされたまま、朝日新聞の記事は仕上っている。そこまで論旨を歪曲しなければならなかった背景はどこにあったのか。‥略‥問題の記事(署名記事)を書いた記者は、半年にわたって取材を進めていたようで、取材終盤時に私にも長時間にわたる取材を行った。若い有能な記者であった。社の編集方針によってどの程度の修正が入ったのかは不明だが、がっかりした。」(p177~179。略は評者)
 
本書が恐ろしいのは、著者2人とも陰謀論者ではないことです。この点について宮本氏は前書きではっきりと、「中国による謀略論、反対に中国を排除しようとする謀略論」のどちらとも与するつもりはない、と宣言しています。自身のパートで中国と韓国による日本領土の買収をリポートしたのは相手がこの両国だからではなく、アメリカでもオーストラリアでもフランスでも実態があれば取材するが、そのような情報は聞いていない、と。
 
本書が陰謀論を前提にしていればまだしも違う読みができますが、ひたすら現地取材(鹿児島県奄美大島・北海道・長崎県対馬)で得た情報とデータをもとに展開するので、そのまま受け取るしかない。なお、2017年までに外資が買収済の領土は累計10万ヘクタールにのぼります(p198~201)。
 
そしてもっと恐ろしいのは、平野氏が報告する憲法29条の「主体」の問題です。29条が定めるのは財産権。現行の日本国憲法は「財産権は、これを侵してはならない。」とあるだけで、財産権を保障されるべき「主体」が規定されていません。大日本帝国憲法(第27条)では「日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ」となっていたのに。
 
しかも日本はアジア・太平洋の14の国と地域で一国だけ、外資による不動産投資に対する規制がまったくありません(p214、223)。結果どうなるかといえば、お金さえあれば何人であっても日本の領土を自由に買うことができ、いったん買えば実際には何をしていても所有権が保障される。海外で転売された日には調査権がないせいで所有者の特定すらできません。しかも登記に届け出義務がないせいで所有者不明の土地がすでに九州の面積を超えていることは、vol.38で見た『人口減少時代の土地問題』が指摘するとおりです。
 
さらにあろうことか、国交省は2017年8月、外国人向けに「不動産業者のための国際対応実務マニュアル」を作成し、「国土の販売促進に向けて、海外から遠慮なく投資できる環境を国家として整えた」(本書p223)そうです。このマニュアルを産経新聞は「売国マニュアル」と呼んでいます。評者は「売国」という言葉はてっきり比喩表現と思っていましたが、比喩ではなかったとは・・・。
 
本書の内容の延長線上に国防(自衛隊)の問題が見えてくることは、一読して全員が感じると思います。奄美も北海道も対馬も、本来なら自衛隊の基地の街として栄えることもできる国防上の超重要拠点。そこが中国と韓国によって買い進められている。対馬に来る韓国人の観光ツアーでは添乗員が「対馬は元々韓国領」と案内しています(p137)。日本を侵略するのに軍事力は要らなくなっていたことを、本書で初めて知りました。
 
(ライター 筒井秀礼)
『領土消失 規制なき外国人の土地買収』
著者 宮本雅史 平野秀樹
株式会社KADOKAWA
2018/12/10 初版発行
ISBN 9784040822624
価格 本体840円
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(2019.02.13)
 
 
 

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