B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

トピックスTOPICS

「近い将来」は消化したか

 
glay-s1top.jpg
JIRI/ PIXTA
年8回行われる日銀の金融政策決定会合。今年は1月20日に初回が開かれる。その際、長年業界で検討されながら、りそな銀行を除いてはどの銀行も実行していない「口座(維持・管理)手数料の導入」について、容認のサインととれる発言が出るかどうか。
 
このトピックが昨年9月頃から注目を集め、「口座手数料」がトレンドワードになる口火を切ったのは、8月29日に熊本県で行われた金融経済懇談会における、日銀政策委員会審議員鈴木人司氏の発言だった。鈴木氏は会の挨拶で金融緩和の副作用として、「貸出金利が一段と低下した場合、収益の下押し圧力に耐え切れなくなった金融機関が預金に手数料等を賦課し、預金金利を実質的にマイナス化させることも考えられます」と発言した。
 
黒田東彦総裁はこの発言後の第6、第7回会合の記者会見で、記者の質問に対し「金融機関が経営判断で決めること」(第6回)、「それぞれの金融機関の判断」(第7回)と、中立の立場を繰り返した。過去の会見録をあたると、総裁が口座手数料に言及したのは2017年12月の会見で「国民的な議論があってもいいのではないか」と問われて「近い将来に、何か問題が生じるとは考えていません」と答えて以来、1年9ヶ月ぶりだった。
 
総裁の言った「近い将来」は1年と9ヶ月で消化したか、まだ残っているか。日銀関係者が点けた火は日銀のトップが何らかの賛否を示すまでくすぶり続けるだろう。総裁は第8回会合では一般論としつつも、決済サービスの高度化や個人情報保護、マネロン対策などで「一定のコストはかかる」、「提供される決済サービスの内容とこれに対する適正な対価としての手数料をどのようにバランスさせていくか」だと、一歩踏み込んで言及した。
 
 

キャッシュレス決済がもたらしたもの

 
金融機関が口座手数料を導入したい背景には、鈴木氏も語るように、マイナス金利政策が銀行の収益体質の下げ要因になっている事情がある。それだけなら去年も一昨年も一昨々年も同じではなかったかと思うのだが、いっぽうで今回は過去と状況が違うと感じるのは、昨年10月の消費税増税を機にキャッシュレス決済の普及が一段進んだからだ。
 
PayPayもクレカも電子マネーも、キャッシュレス決済には決済手数料がともなう。負担する側である店や事業者ほどは意識しないにしても、消費者も、50円そこらの買い物でもいちいちそれに紐づいて手数料が発生するのは初めての経験だった。その経験は日本の消費者に「とにかくお金が動くときは第三者にパーセンテージでいくらか抜かれるのだ」という感覚をもたらした。
 
そしてこうも全部に手数料が紐づくと、逆説的に、口座に保有するだけでも「動かさない」というお金の動かし方をしているのと同じだとわかってくる。事実、保有が利息金を生む時代――現在もかろうじてそうだ――もあったわけで、口座手数料はお金の本質にともなって、つまり「“動いていない”という状態がない」という性質にともなって原理的に発生するとも言える。(各種引き落とし口座になっていれば事実動いている。)
 
 

25年間無償のレンタル金庫

 
そうやって原理的にとらえることで、「実質的に同じ」と片付けられている口座手数料とマイナス金利についても違いが見えてくる。
 
想像してみよう。現在、銀行の普通預金の金利は0.001%だ。これが政策によって端的に0%、つまり無利子になったとき、「預金しているのだから銀行は融資でちゃんと利益を出して私の口座の維持管理コストをまかなってくれ」と要求できるだろうか。
 
完全にタンス預金と同じ金利になれば、銀行口座はレンタル金庫と同じになる。厳重な警備に守られた、街のレンタル金庫よりよほど安心な、家庭用金庫の相場である1万5000~4万円の何倍もする金庫だ。家庭用金庫を引き合いに出すのは半分ジョークだが半分は真面目だ。仮に3万円の家庭用金庫を買えば現在各行が検討している口座維持手数料「年1200円」の25年分。家庭用と違って防犯を丸投げでき、クレジットや振替の引き落とし口座として使え、ハッキングへのセキュリティ対策も万全なレンタル金庫。これを25年間無償で使わせろというのは、公平に見て無茶だろう。
 
 

口座手数料と一緒に印紙税も

 
そしてマイナス金利については、現在の0.001%という預金金利は日銀のマイナス金利政策によるものだ。日銀は民間銀行に対し2016年2月からマイナス0.1%の金利を続けている。日銀にお金を預けにくくし、民間のお金の量を増やさせる。住宅ローン等の金利全般も下げさせ、預貯金で眠らせておくよりはお金を使わせようとする。そうして経済にとって最も好ましい「緩やかなインフレ」へと誘導する。まことにもって素晴らしい施策、どんどん進めるべき――
 
――と、いうところまで来て「あれ?」と思わないだろうか。だったらなぜ銀行は預金金利をマイナスにしないのか? 0.001でもプラスを死守するのはなぜなのか?
 
2019年12月15日号の『日経ヴェリタス』は、口座手数料が預金残高の1%かかる場合と預金金利がマイナス1%になる場合とでは消費者は後者をより忌避するという調査結果を紹介している。他の記事や調査でも「金利が少しでもマイナスになれば預金を引き揚げる」という消費者の声は多い。これがために銀行は預金金利をマイナスにできない。サービス業である銀行は金利政策の狙いとは逆のことをせざるを得ないのだ。
 
それ自体はいい。が、そうやってバッファがかまされることで何が見えなくなるのか。日銀の金利政策が本当に正しいのか、どこまで正しいのかが見えなくなる。また、銀行の正常な経済活動を阻害する他の問題が見えなくなる。問題の解決が放置される。
 
一例が印紙税だ。銀行は現在、休眠口座(不稼働口座)も含め、紙で発行済みの通帳に関し年200円の印紙税を税務署に払っている。日本には金融機関の口座が12億口座あると言われており、非課税扱いになる信金や労金、農漁業系協同組合の通帳を除いても莫大な数の通帳に不合理な課税が発生している。それを改めないのは印紙税収入が税収において自動車重量税並みの比重を占めるからであることを、青山学院大学の三木義一氏は著書『税のタブー』で指摘する。
 
高度成長期に口座開設獲得件数至上主義に走った銀行もよろしくないが、税法の専門家が「課税根拠がない」と口をそろえて批難する税をいまだに廃止しない関係省庁と国会議員も悪い。この際、口座手数料と一緒に印紙税についても国民的議論にすればいいと思うが、いかに。
 
(ライター 筒井秀礼)
 
(2020.1.8)
 
 
 

関連記事

最新トピックス記事

カテゴリ

バックナンバー

コラムニスト一覧

最新記事

話題の記事