野球を愛し続ける男が放つ
シンプルで力強いメッセージ
自分の役割を明確に理解し、それを果たすための目的意識を持ってこそ、努力が可能だという。しかし、それでも迷う瞬間があるのが人間。中畑氏も常に迷い、悩み続けているのだ。では、そんな中畑氏が影響を受け、今も追い求める監督像、そして人間像とはどのようなものなのか。
長嶋茂雄氏の魅力とは
それはもう、一番影響を受けたのは長嶋茂雄さんですよ。あの人には迷いがないですから。ファンを愛していて、自分が何をすればファンが喜んでくれるのかを考え続けている人。その時点で私のような凡人とは次元が違いますよね。現役時代の私なんかは、「レギュラーになりたい。こんな打ち方がしてみたい」 と、そんなレベルで頭を悩ませていました。でも、あの人は違う。長嶋さんは自分の一挙手一投足が、他人にどういう影響を与えるのかを知っていた。だから、どんなパフォーマンスをすればスタンドのお客様やテレビの前で期待してくれている方々を満足させられるか――。そこまで考えてプレーしていたんです。もう、レベルが全然違いますよ。
野球では、日々の練習で培った基本技術をいかに応用して力を発揮するかが大事なんです。長嶋さんの場合、基本技術はとことん鍛錬し尽くしていて、それでも継続して磨き上げていたから、土台がブレない。だから応用できるバリエーションも豊富で、新しい発想にプレーがついてきてくれる。オリジナリティ溢れるプレーを生みだせるんですね。私は 「レギュラーになるため」 とかそういうレベルで試行錯誤していたから、長嶋さんとは目的意識がそもそも違う。だから、凄いんです。そして憧れるんですよ。
病に倒れた時だって、あれだけ苦しいリハビリをしながら仕事への復帰を決して諦めなかった。あの姿を見た時、私は感動して涙が止まりませんでしたよ。長嶋さんの生き様、あの人の立ち居振る舞いの中に、“人間・長嶋茂雄” のとんでもない魅力があるんです。王貞治さんもそうですが、“ON” は野球界の人材として別格です。不世出なんですよ。だからこそ、私もああいう人間になりたいと思っていましたし、今でもそう思います。
ですから、長嶋さんに代わってアテネ五輪の日本代表監督を務めた時は、ものすごいプレッシャーがありましたよ。長嶋さんの代行なんて、誰にもできない。あの人の仕事はあの人しかできないんです。私が代行して長嶋さんと同じことをしたって選手たちを動かせない。それが一番苦しかった。あの壁を乗り越えることができたのは、選手や周りのスタッフみんながチームを支えてくれたからです。コーチの大野豊と高木豊が私を助けてくれた。そしてキャプテンの宮本慎也が 「一緒にこの苦しみを乗り越えましょう」 と言ってくれた。みんなの協力がなかったら、私は前に進めたかわからない。そんな絆で結ばれたチームだったから、一丸となっていい野球ができた。チームが一体感を持つことは、勝つためには大切なことですからね。
各々がプライドの塊であるプロ選手の集まりに、一体感が生まれて絆が深まる。チームにそうした雰囲気が醸成されることは、組織が大きな目標を達成するための、重要なファクターの一つになるだろう。では、そんな組織が生まれるためには何が必要なのか。
言葉はシンプルに、わかりやすく!
先ほど、個人が役割を自覚して目的意識を持ち、努力することの大切さについて言いました。まず前提となるのはそこです。野球ではそれぞれのポジションや得意とするプレーによって期待される仕事は異なりますが、目指す目的は一緒。それは勝利することです。だから、一人ひとりが与えられた役割のために全力を尽くす中で、全ての選手が最大限の力を発揮した時に、組織として最高のパワーが出ます。それが、“チーム力” です。“チーム力” は、共に苦しんで、苦しみぬいて勝利を勝ち取ってこそ芽生えてくるものです。
2013年3月のWBC台湾戦などは、その最たる例と言えますよね。点差を追い上げていく時のチームの雰囲気は凄かったでしょう? 一人ひとりが勝利のために全力を尽くしたからこそ、あのムードが生まれるのです。一人でも 「俺はどっちでもいいや」 なんて、試合に参加してないバカ野郎がいたら(笑)、あんな勝ち方は絶対にできない。チームだけじゃない。スタンドの皆さんやテレビの前の方々も、みんなの思いが一つになったからこその勝利だったんです。あの時に私は、「日本人にはまだまだ、力があるな」 と思いました。日本人には、一つになれるエネルギーがあるんです。それは、東日本大震災の復興にしても同じだと思います。国民一人ひとりが持つ被災地への思いを一点に結集すれば、復興へのスピードはもっともっと速まると信じていますから。
私の考えはいたってシンプルでしょう? わかりやすく伝えることを重視していますからね。短時間で簡単に伝わる話術のほうが、相手も理解しやすいじゃないですか。それに、心にストンと入ってくる。だから私は、取材や会見の時は意識的に、自分の感情をそのまま言葉に乗せます。率直な気持ちをストレートにね。私がメッセージを発信したことで皆さんが野球に興味を持ち、心の底から野球を愛してくれるようになってくれたら、そんなに嬉しいことはない。だってね、野球に興味のない人が、野球に対して喜怒哀楽を持ってくれますか? 「横浜DeNAベイスターズが負けた? ふーん、そう」 で終わりですよ。それよりも 「何をやっている、しっかりしろ!」 と怒ってくれたほうが、関心があるってことですよね。感情というのはね、その対象に向けて何らかの思いがなければ湧き上がってこないんですよ。思い入れがないものに対して、一喜一憂なんてできないですから。
私は、野球に感情移入してくれるファンが1人でも多く増えてほしい。そのために、できるだけわかりやすく野球の素晴らしさを伝えたい。私の言葉を通して現場の空気を伝えたいんです。監督に就任した2012年シーズンから、その点は特に意識的に取り組んでいます。