名優が明かす魅力アップの秘訣
輝きを増していくための人間力
松平流インプット術
話を聞くだけでなく、本を読んだり、体験したりと、インプットの仕方は人それぞれだろう。しかし、自分の中に新しい要素を入れ続けるということが、何よりも重要なのだ。
「そうでなければ、(その人を見ることに) 飽きてしまいますよね。芝居でもそうですが、特に 『暴れん坊将軍』 のような長寿作品に関わっていると、やはり最大の敵はマンネリになるわけです。だから、毎回必ず新鮮さを入れていかなくてはいけなかった。どのタイミングで見始める人がいるかわかりませんしね。いつ見ても頼もしくて、いつ見てもかっこいい。徳川吉宗 = 新さんの爽やかさ、フレッシュさを保つためには、僕自身が毎回新鮮な気持ちで臨まなくてはいけないんです」
そのためには、まるで細胞を活性化させるように、新しい刺激を絶えず求めていく必要がある。松平氏にとって、そのインプット、刺激享受の方法は、人と会うことだと言う。若い時分は、先に出たような芸能界の先輩に学んできた。最近では、芸能界以外でも多くの交友を持ち、人の話をよく聞いているという。
「地方公演などに行ったら、その土地ごとに応援してくださる方たちがいらっしゃるので、交流の中でいろんな話をうかがいます。一代で会社を築いた経営者など、多くの苦労と幸せを感じ取ってこられた方には本当に納得できる話が多いので、勉強になります」
存在感の理由
こうしたスタンスは、確実に演技に現れている。たとえば2010年5月公開の映画 『劇場版 TRICK 霊能力者バトルロイヤル』 を見て、不思議に感じた人も少なくないのではないだろうか。ネタバレにならないよう多くは語らないが、松平氏は霊能力者の役で出演した。劇中での存在感は際立ち、主演をしのぐほどのインパクトが感じられた。その存在感をどうやって作り上げているのかと松平氏に尋ねると、「ありがたい貯蓄としか言いようがないですけどね(笑)」 と、笑いながら続けた。
「僕が役作りをする上で最も大事にするのは、その人(役) の役割がどういったものなのかを理解することだと考えています。将軍だったら将軍の役割があり、刑事だったら刑事の役割がある。主役をやっていれば、それはけっこう描かれていますが、脇をやるときは、主役に対してどういう役割と関係性なのかを考えなければ、浅いお芝居になってしまいかねません」
これは一般の人間関係にも置き換えることができるのではないだろうか? 会社であれば部署やポジションによって役割がある。家庭に帰っても、父として、母として、それぞれの役割がある。日常は芝居ではないが、必ず一日のどこかで誰かと関係が築かれる。その関係性を大事にする力も、やはり人間力の一つだろう。そして確実に言えるのは、あくまで 「自分」 という基盤を持たなければ、相手から信用されないということだ。松平氏の場合、彼の人間性を基盤にした関係づくりを見せてくれるので、非常にわかりやすく、新鮮さを失わないための努力もしているから、「健さんだから、安心してお芝居を見れる」 「健さんのお芝居には夢中になれる」 といった声が相次ぐのだろう。
観客に受け入れられ続ける
松平氏には一つの思い出がある。『王様と私』 という舞台を初めて経験したときのことだ。当時、松平健34歳。役者としても昇り竜の勢いがある時期だ。彼が舞台を始めたのは26歳の頃から、初めてミュージカルを面白いと思った作品が 『王様と私』 だったという。この作品に触発され、ラスベガスやニューヨークに通ってミュージカルを学び、貪欲に自分のステージに取り入れていくようになった。まさに、オリジナリティに定評がある 「マツケン」 のショーの原点である。
マツケン音頭から始まり、マツケンマンボ、マツケンサンバ、マツケンのAWA踊り、マツケンパラパラなどに連なる一連の 「マツケンシリーズ」 の心地よいリズムは、2012年、マツケンマハラジャに続いていく。常に新鮮さを求める彼の姿と、人間力がもたらす憧れと共感をもって、観客に受け入れられ続けているわけだ。
今年2012年の夏には、彼のミュージカルの価値観を変えさせた 『王様と私』 がリメイクされて上演される。もちろん松平氏が主演だ。芸能生活37年目を迎えた名優・松平健の輝きはまだ色褪せない。それは、自分の内面そして周囲から与えられる気付きを、まるで砂時計の砂が音もなく重ねられるように、時間をかけて血肉にしていった結果なのである。
(インタビュー・文 新田哲嗣 / 写真 Nori)