プロフィール 1965年東京都生まれ。中学に上がるとともに親元を離れ、2年生になると英才教育で知られるバレーボールチーム 「LAエンジェルス」(故・山田重雄元全日本女子代表監督創設) に入団。見る間に頭角を現し、史上最年少の15歳1ヶ月で全日本代表に選出された。ロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得した後もソウル五輪、バルセロナ五輪と3度のオリンピックに出場し、全日本の不動の指令塔として活躍。現役を引退後は日本バレーボール協会の強化委員を務めた他、イタリアのプロリーグ、セリエAのヴィチェンツァでコーチに就任。日本人女子としては初めて海外バレーボールチームの指導者となる。以降、セリエA・ノヴァーラのアシスタントコーチなどを経て、今年1月から全日本女子ユースチームのアシスタントコーチに就任。日本バレーボール界の発展と次世代のトッププレーヤー育成に寄与している。
バレーボールというスポーツは極めてシンプルな競技だ。18メートル×9メートルのコートに高さ2メートル強のネットをはさんで6人対6人が向かい合い、相手陣内にボールを着地させれば得点が入る。その積み重ねだ。このシンプルなスポーツになぜ観客が熱狂するのか。それは、プレー中の複雑な心理戦、科学的アプローチによってチームの質やゲーム展開が目まぐるしく変わる多様性など、シンプルでありながら奥深さを感じさせる競技になっているからだろう。そのような競技からは、当然多くのヒントを探ることができる。チームとは何か。戦術・戦略とは何か――。
勝利にむけて監督と選手が最善の手を模索し続ける姿はビジネスの世界にも通じるものだ。アスリートからビジネスに通じる成功のヒントを聞く第四弾。現役時代に全日本女子バレーボール代表チームのセッターとして活躍し、現在は指導者としてのキャリアを歩む中田久美氏に、「強いチームを形成する条件」 を聞いた。
人間的な成長と「気づき」
まず、チームが強くなるためには、選手が強い選手にならないといけません。強い選手、すなわちプロでも全日本でも活躍する選手には、必ず 「人間的な成長をしつづけられる」 という特徴があるんです。「バレーの選手としてトップを目指したい」「オリンピックでメダルを取りたい」 などの明確な目標を持って、人としてそのために努力する選手でなければ通用しません。人間的な成長なくして技術的な進歩はないと断言できます。
人間、不思議なもので、本気になると顔つきが変わるんですよ。目が違ってくる。その 「本気」 を引き出してあげないことには、現状で満足してしまうし、人間的な成長もありません。そして本気を引き出すためには、「気づき」 が必要です。「気づき」 から技術の進歩までは一繋がりになっているんですよね。
総論として言えば、気づかない選手は伸びないし、指導者としても 「いかに気づかせていけるか」 が勝敗の分かれどころでしょう。具体的には、必ず自分で考える癖を付けさせることが重要です。答えを最初から与えずに、考えさせるような練習方法をとったりね。実際の試合ではめまぐるしく展開が変わりますから、状況に応じた判断を自分でしなくてはいけません。そこで典型的な指示待ち型の選手だと、土壇場の状況で何もできないんですよ。それでは戦力にならないわけです。
早急に答えだけを求める傾向が強い世の中だ。しかし、その過程にあるべき「気づき」を無視していると応用がきかない人間に育つという事実は、すでに様々な方面で問題になりつつある。自分で物事を考えることができるようになるためには、どのような 「気づき」 が必要なのだろうか。
自由ほどきついものはない
第三者の影響を根拠にしたモチベーションは 「気づき」 を生みません。むしろ気づきを妨げる要因になります。「誰かに怒られないために一生懸命やる」 などはその典型です。第三者が作り上げた枠の中でオートマチックに練習することも同様ですね。たとえば、高校の部活動などで全国上位に入るチームは、厳しい指導に耐え抜いてきたチームが多いです。そこにいるのは、怒られて怒鳴られて、それに耐えて結果を出してきた選手たちですよね。彼女たちがいざ実業団に入ると、途端に練習をしなくなるケースが意外に多いんです。実業団では選手個々の裁量が確保されますから、怒られるようなことはそれほどないし、自由がきくところがあります。でも、それでサボることを覚えてしまってフェードアウトする選手は決して少なくない。そうなると実力も伸びるはずがないのですが、高校時代に好成績を収めた実績からプライドだけは高いので、実力とプライドが反比例してしまうんですよね。自由な環境だからこそ、自分をコントロールして、自分なりのやり方を確立しなくてはいけないのに、そのやり方がわからないんですよ。だからつい楽なほうへ流れてしまう・・・。自由というのは怖いですよね。「気づき」 のための危機感を、知らないうちに奪っていくんですから。