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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

世界に一つの家具製作 若手の育成にも力を注ぐ
A・1インテリア 代表 光永政洋

 
プロフィール 愛知県名古屋市出身。情報処理分野の専門学校を卒業後、パソコン販売企業に就職。その後、22歳から飲食業に転職し30代後半まで経験を積むも、トラブルに巻き込まれ退職を余儀なくされる。生活を守るため、喧嘩したきりだった父に頭を下げ、父が創業したA・1インテリアへ入社。その後、父に代わり代表に就任し、現在はオーダーメイドの家具づくりを行いながら、若手職人の育成にも力を注ぐ。【ホームページ
 
 
 
各店舗に合わせた木工家具を製作する、愛知県愛西市のA・1(エイワン)インテリア。光永政洋代表は長く飲食業で活躍した経験を持つ。一度は衝突した家具職人の父と和解したことを機に、父が起こしたA・1インテリアを手伝うようになり、順調に業績を伸ばし世代交代した。異業種で磨いたコミュニケーション力で顧客のニーズに合った家具を特注生産しながら、若い職人の育成にも全力を注いでいる。
 
 
 

紆余曲折を経て父と共に家具づくりを開始

 
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インタビュアー 小倉隆史(サッカー元日本代表)
小倉 今日は、愛知県愛西市に拠点を構えるA・1インテリアさんにお邪魔しています。こちらは光永代表のお父様が創業されたとうかがいました。
 
光永 はい、もともと家具職人だった父が1982年に創業しました。私はそんな父の姿を見て、昔から自分が跡を継ぐ気でいたんですよ。ところが、とある事情で父と喧嘩してしまいまして。結局社会人第一歩目はパソコン販売企業に就職しました。といっても1年で辞めてしまったんですけどね(笑)。その後、30歳過ぎまで飲食業界に勤め、人付き合いの楽しさを知って営業のノウハウを磨いた私は、独立を考えるようになりました。ただ、そんな中トラブルに巻き込まれてしまい、退社を余儀なくされてしまったんです。
 
小倉 それは大変でしたね。人生の岐路に立たされた光永代表がその後どう行動されたのか気になります。
 
光永 当時の私はすでに結婚していて子どもも誕生したばかりでしたし、生活を維持するためにもA・1インテリアで働くことを決めました。一度衝突した父とはその頃もまだ関係を修復できていなかったものの、家族を守るべく頭を下げましたね。それから、父の家具づくりを手伝うようになったんです。
 
 
 
 

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