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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

ものづくりの本質を極め
楽しみながらソフト開発

 

おもしろいと感じるものを求めて独立

 
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杉田 一時期は距離を置いていたプログラミングの、楽しさの原点に立ち返ったわけですね。でも、ITエンジニアのお仕事は、とても過酷だとお聞きします。
 
市川 確かに昔は過酷な面もありましたね。私が就職した当時の1995年は技術の進化がどんどん進み、「5年前の技術は使いものにならない」と言われ始めた頃でした。私も会社に寝泊まりし、週に一度しか帰宅できない環境で仕事を続けたんです。でも、新しい技術を次々に取り込み、表現の幅を広げる作業は楽しかったですね。頑張れば頑張るほど思ったとおりのプログラムを組めるようになり、おかげさまで「市川がいるから大丈夫だ」と社内で評価されるまでになりました。そんな時代に仕事ができて、本当に運が良かったと思います。
 
杉田 周囲から高い評価を受けるにつれて、社内での立場も上がっていったと思います。その中で、後輩や部下をまとめるご苦労もあったのではないですか?
 
市川 むしろ後輩を指導する立場に回ったことで、プログラミングやものづくりの楽しさを伝えたいと思うようになりました。私自身もプログラマーとしてだけでなく、さまざまな視点で仕事を見れるようになり、とても勉強になったと感じています。
 
杉田 大手企業で数々の実績を残し、後進の育成にもやりがいを感じていた中で独立なさろうと考えたのはなぜだったんでしょう? ぜひお聞かせください。
 
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市川 以前から私は、少しアウトローな生き方に憧れていました。普通の人とは違うことをすれば、新しい世界が見えると思っていたんです。だから、いずれは自分で会社を興してその世界を見てみたいと考えていました。そこで、50歳の節目を迎える前に思い切ってソニーを退職し、今年2019年4月に弊社を設立したんです。
 
杉田 なんだか市川代表のお話をうかがっていると、クリエイターとしてご自身の人生を楽しみながら、しっかり創造していらっしゃると感じますよ!
 
市川 ありがとうございます。この業界は40歳を過ぎると管理職になり、プログラミングから離れるケースが多いんです。でも、私は自分がおもしろいと感じたものをつくり続けたかったので、いつまでも現場に立つことを望みました。おかげさまで、今でもつくりたいソフトのアイデアはたくさん出てくるんですよ。日常生活の中で何か不便を感じたときは、「どうやったら解決できるか」と考え始めて止まらなくなるほどなんです(笑)。