陸上界で輝く選手を育てる
トップ指導者の育成理論
「そのうえで」 と高野氏は付け加える。「公平性も確保しています」 と。中心人物への依存度が高い状態は、一般的にはフェアネスを欠くように思われる。しかし高野氏の戦略は、その先にまだ続きがある。「本当の公平性は、チームの形が高いレベルで完成してから生まれるものです」――高野氏はそう語る。
公平なところはシビアに公平さを貫く
平等にすべきところはあくまで平等を貫くべきです。どこで平等を確保するかというと、選考基準です。
東海大学陸上部の、私が担当している短距離ブロックでは、段階的なグループ分けを行っています。大事な大会の前などに何種目かテスト選考会を行い、その結果をすべてコンピュータで計測します。それによってオートマチックに出てきたタイムや結果をもとに、メンバーを選ぶのです。温情は一切入りません。コンピュータの計測結果から選ぶから、不平等になりようがないんです。その際、たとえばエースクラスが風邪で選考会を休んでも、別の日にトライさせるようなことはせず、有無を言わさずメンバーから外します。選考会に臨むということは試合に向けて調整することと同じだから。調整できない選手に参加資格がないのは当然でしょう? 実際には、エースクラスがその選考会を外したことは今までないですね。皆、きっちりと調整してきていました。
選手のふるい分けには公平さを残しつつ、育成は戦略的に進める。私の人材育成の特徴はここに尽きるかもしれませんね。指導者の “一本釣り” ではいけないが、強引に、意図的に格差をつけていくことも必要だ、と。点だけでしか見られないと、このやり方は平等や公平さに欠けると思えるかもしれませんが、チームの育成で大事なのは、点と点を結んだ線が右肩上がりになっていくことですから。個別のシーンのみで静的に考えるのではなく、あくまで、ストーリーという大局で考えていくべきでしょう。
ストーリーという言葉になぞらえるなら、偉大な先人が積み重ねてきたものを次世代が受け継いでいくことも、ひとつのストーリーである。転校生で周囲になじめなかった小学生の頃に 「かけっこ」 で注目され、走る世界に魅了された高野氏。高校3年生で本格的に全国区出場レベルの選手になり、東海大学3年時にはアジア選手権で金メダルを獲得し、やがて五輪や世界大会の檜舞台へと歩んでいった高野氏。その経験が次世代に伝わるとき、日本陸上界の短距離走の歴史に、進化というストーリーが発動する。高野氏は自分の経験的ストーリーをどのように選手たちに伝えているのか?
段階的な共有こそが指導の核
それを話すときは、日本陸連の指導者としての立場と、いち指導者としての立場と、両方の視点で話すべきですね。一つ、共通点があります。「見たことのない風景」 をイメージさせていくことです。
端的にいえば、日本代表になるとはどういうことなのか、オリンピックに出場することはどういうことなのか、そこでメダルを獲得したら自分や周囲にどのような価値があるのか、自分がメダルを取ると社会にどういう影響があるのか・・・ などなど、私が経験してきたことを話し聞かせていきます、余さず、ただし段階的に。
重要なのは、ただ伝えるだけにせず、彼らの経験や自己認識レベルに合わせて理解をうながしていくことです。若い選手はとかく先のことがわかりにくいし、オリンピックがどうこうと言われてもピンとこないですから。でも、彼らが自分のたどる点と点を自分で線にしていく作業ができれば、私の話も吸収しやすくなります。
たとえば末續の場合は、大学1年で入部してきたときは全然ダメでしたから、彼の育成は8年計画くらいを見越していました。その間、彼にとって必要なときに、必要なことを共有してやるという作業を繰り返しました。メディア対応にしても、今の末續はどう見られているとか、本人にはわかりにくい客観評価を私から伝えてあげたり、そこにアドバイスを乗せてあげたり。そうしたひとつひとつを着実に学んでいくことで、その後の彼が創り上げられたのだと思いますね。
実は私も、似たような道を辿ってきたんです。わりと早くから実績を出してこられたのは、周囲が勧める形で練習したことと、勧められたことには従っていたからだと思うんですよね。その中で、これが自分なりの自主性だと位置づけていたのが、私が 「肯定的な無抵抗」 と呼んでいる考え方です。今の自分ができることと、自分がいる枠の中で、最大限に想像力を発揮して、やがてその枠でやるべきことをやりつくしたら、段階的に枠を広げたり、取り払っていくんです。指導者の役割って、その枠を用意することなんじゃないでしょうか。
私自身、普段から「あなたがどんな枠を越えてここまできたか」ということに気付かせられる指導を心がけています。選手たちが自分の歩みを振り返ったとき、過去・現在・未来という流れを自分の中で一本の線に整理して、自分なりの道を見つけられるように。できるのはそこまでです。指導者というのは、あくまでも、成長を手助けする存在なんですよ。
(インタビュー・文 新田哲嗣 / 写真 Nori)