◆万葉集にも詠まれた温泉場
湯河原の活性化を担う旅館
赤い橋を渡ると、正面には新生「富士屋旅館」の玄関が
日本有数の温泉地である神奈川県湯河原町。万葉集にも詠まれた名湯として知られる湯河原温泉は、江戸後期には前身となる温宿があったと推察され、多くの文人にも逗留地として利用されるなど、長きにわたって愛されてきました。そんな湯河原温泉の中でも、古い歴史を持つ温泉旅館の一つが「富士屋旅館」です。名前の「屋」の字は、由緒ある老舗旅館の証であり、昭和43年まで幕末の建物が残っていたという記録もあるのだとか。
湯河原を代表する旅館だった富士屋旅館ですが、惜しまれながら2002年に閉館。そして17年を経た今年2019年2月、復活を望む多くの声に応え、営業再開を果たしたのです。この奇跡の復活は、「かながわ観光活性化ファンド」を活用したプロジェクトの一環によるもの。建物の調査や解体、修復、改装に約2年を費やし、ついに待望のグランドオープンを迎えました。
旅館の歴史を語る建築意匠はなるべくそのまま残して修復を施した「旧館」や「洛味荘(らくみそう)」、そして装いを一新した「新館」。生まれ変わり、再び時を刻み始めた新生・富士屋旅館の姿をご覧ください。
◆大正時代の建物を修復!
当時の意匠を今に伝える
骨董品や古材がレトロな雰囲気を演出する新館のロビー
宿の玄関となっている新館は、建物の傷みが特に激しかったため、骨組みと窓枠のみを残してほぼフルリノベーションを施しました。旅人をもてなすロビーのインテリアには古材や骨董品を配し、文明開化の頃を思わせる和洋折衷のレトロモダンな雰囲気に。新しさの中にも、歴史ある富士屋旅館らしさが溢れています。
新館には10室の客室があり、8室が洋風の設え。いずれも、大窓から臨む風景が絵画のように室内を彩ります。また、インテリアにはアクセントとして障子格子など和の要素をプラスし、心身ともに寛げる落ち着いた空間となりました。
新館の客室は大きな窓から見える緑がインテリアに映える
調度品はダークブラウンを効かせ、和モダンな空間に
外からもよく見える旧館は富士屋旅館の象徴的な建物
いっぽうの旧館は、大正12年に建てられた、二つの楼閣を持つ数寄屋造りの建物を修復。客室に見られる繊細な細工を施した欄間や組子障子といった建具も、当時のものを洗浄し、職人が丁寧に修繕を施したと言います。大正時代を思わせる揺らぎのある窓ガラスに、経年により味わいを増した柱――目に映るものすべてがノスタルジック。古き良き時代にタイムスリップしたかのような、非日常を味わえることでしょう。
旧館からつながる洛味荘は、昭和26年頃に京都から材木を運んで建てられた離れです。客室も広く、格天井や、影に表情をつけるために裏と表で異なる桟の組み方をした障子など、細部まで趣向を凝らしたつくりとなっており、当時の贅を尽くして建てられた特別室だったことがうかがえます。現在、4室ある客室以外にライブラリースペースもあり、宿泊者は誰もが利用可能。昭和初期まで日本で生産されていた結霜ガラスをはじめ、当時の名残を多数とどめているので、探してみてはいかがでしょうか。
古き良き時代を感じさせる旧館客室
修繕を施し、蘇った組木障子
洛味荘のライブラリースペース
趣のある結霜ガラスは創建当時のもの
洛味荘の客室は4室限定の特別室
洛味荘は寝室も広々として寛げる
◆名湯と滋養に満ちた美食が
心身を癒し活力を養う
天井が高く、古い梁が残る大浴場
旅の楽しみとして、温泉と食事は欠かせません。特に湯河原温泉は、日清・日露戦争当時は国指定の保養地とされた癒しの湯。柔らかな肌ざわりの湯は湯冷めしにくく、「美人の湯」「傷の湯」と呼ばれることも。この名湯をかけ流しで楽しめる大浴場は、もともと客室だった2階建ての建物を吹き抜けに改装しており、天井には太い梁や古い木材がそのまま残されているのが特徴です。解放的な空間で温泉に身を浸せば、日頃の疲れも吹き飛ぶことでしょう。
新館の1階にある料理屋「瓢六亭」は、宿泊者以外も利用ができ、小田原漁港で水揚げされた地魚料理など、旬の味が楽しめます。中でも看板メニューは、金目鯛のしゃぶしゃぶや、肉厚な四万十の鰻の地焼き、肉の匠と名高い滋賀「サカエヤ」の新保吉伸氏が手がける厳選黒毛和牛を使った料理です。
鰻の焼ける香りが漂う瓢六亭の焼き場
地焼きの鰻は皮もパリッと香ばしい
瓢六亭は宿泊者以外も利用可能(要予約)
脂ののった金目鯛は出汁にさっとくぐらせ、柚子が香るネギ塩ダレで賞味。柚子の酸味、薬味の生姜の辛さが金目鯛そのもの甘さをいっそう引き立て、目を見張るおいしさです。また、関東では珍しく、蒸さずに焼き上げる“地焼き”の鰻は、タレをくぐらせながら炭火で焼くことで皮はパリッと香ばしく、身はふっくら。単品のほか、うな重や土鍋ごはんもそろい、タレと鰻、米の黄金比に、どんどん箸が進むはず。「近江牛食べ比べ」では、その日の入荷している異なる部位2種を食べ比べ。例えば、噛めば噛むほど赤みの旨味が増す内モモと、脂の甘美な風味が口いっぱいに広がるリブロースなど、部位による個性の違いをぜひ、舌で確かめてみてください。
脂ののった金目鯛をサッとしゃしゃぶで
ご飯を覆い隠す、大ボリュームの鰻
近江牛2種を贅沢に食べ比べできる
古さと新しさが融合し、唯一無二の魅力を感じさせる新生・富士屋旅館。近隣の「湯元通り」の再開発も進む中、今後、湯河原町の活性化を牽引することにも期待が高まります。復活を遂げた老舗旅館・富士屋旅館を拠点に、進化する湯河原の観光に出かけるのもいいかもしれませんね。
富士屋旅館
〒259-0314 神奈川県足柄下郡湯河原町宮上557
TEL 0465-60-0361
https://fujiyaryokan.jp