人々の暮らしを支える
張り巡らされた配管の力
設備業界一筋20年、紆余曲折を経ての独立

赤嶺 中学3年生でアルバイトを始めたのがきっかけですね。卒業して、アルバイト先の会社にそのまま入社しました。
水野 建築業界全体の傾向として、入ってもすぐに辞めてしまう人が多いと聞きます。若くしてこの業界に入られて、大変ではなかったですか?
赤嶺 大変でしたね(笑)。最初に入社した会社では8年働き、当時は「背中を見て覚えろ」という風潮でしたから、とにかく現場で鍛えていただきました。少人数の会社だったので、自分で何でもやらなければならない過酷な環境だったんです。でも逆に、そういう環境だったからこそ、成長できたんだとも感じています。
水野 8年勤めた後は、転職なさったのでしょうか。
赤嶺 はい、結婚を機に、経済的にも社会的にも安定した生活を送りたいと考えて、転職を決意したんです。その転職先の会社では、約10年働きました。
水野 責任感を胸に、着実にキャリアを積まれたという印象です。

水野 赤嶺社長のことをすごく応援してくださっているんですね。在職時代の真面目な働きぶりが目に浮かびますよ。独立はいつ頃からお考えだったんですか?
赤嶺 働き始めた当初から、ゆくゆくは社長になりたいという思いはありました。最初の会社で技術を叩き込んでいただき、次の会社では働く楽しさを教えていただき、2つの会社でかけがえのない経験をさせていただいたことに、深く感謝しています。