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4、釣銭の計算方法と複式簿記の発生過程との関連

 
 さてここから、「日本人の釣銭の計算方法と欧米人の釣銭の計算方法の違いと複式簿記の関係」 の話に移ります。ヨーロッパ等を海外旅行した時の、釣銭の数え方を思い出してください。 西洋式釣り銭計算では、品物の代金に釣り銭の額を足して、その合計額を買い手の出した高額紙幣に一致させることによって釣銭を数えます。いっぽう、日本人が買い物をした時の釣銭の計算思考は、買い手の出した高額紙幣の金額から商品の代金額を引く方法によります。
 中世イタリアに端を発した洋式複式簿記では、a―b=xという形ではなく、a=b+xという形で勘定記入をします。これを 「加法的減算」 と言うそうです。つまり西洋式釣銭計算方式です(安岡重明・天野雅敏編『日本経営史1・近世的経営の展開』岩波書店より)。
  「加法的減算」? ややこしくなりましたが、数学の世界の話です。世の中の数字には、加法性のあるものとないものの二つがあり、柔道や囲碁・将棋の段位の数字には加法性はなく、2段と3段を足して5段としても意味がありません。いっぽう、物質や量のように足し算できるような場合の数字には 「加法性」 があるというんだそうです。
 加法的減算とは、左右水平の二面を右側と左側にわけ、取引ごとの差引き計算は行なわず、反対側に記入することで間接的に計算を行って、残高はどれくらい加えれば左右の金額が一致するかを計算することによって、差引き計算と同じ結果を得ようとする計算方法です。つまり加法的減算方式が根底にある複式簿記は西洋だからこそ誕生したとは思いませんか?
 日本人的感覚からすれば、中世イタリア人は、計算能力の弱さを補う必要から、加法的減算を応用して、貸借を平均させる左右対称の記録を発明したのかもしれない、と考えるのです。ということで、日本的釣銭計算方式の発想からは複式簿記は発明されなかったであろうと、自らを慰めているわけです。
 また別な理由も推測できます。日本語やその基となった中国の文字は縦書きです。水平方式あるいは両側方式の思考過程から発展する複式簿記という計算方式は、垂直方式の日本の文字からは出てこなかったであろうということです。
 
 

5、江戸時代の日本に複式簿記が導入されていたら、世界経済の勢力図も違っていた?

 
 フランスにおいては、複式簿記は、詐欺破産や財産隠匿といった不正にたいして法律をもって信用制度を回復し、民力増強を図るために導入が急務であり、企業を詐欺破産や財産隠匿から守ることを目的としたサヴァリー法典の計算ツールとして採用されました。従って複式簿記はビジネスによって利益を出すためにつけるもので、財産隠匿等をすれば死刑に処されたわけです。
 「複式簿記はビジネスによって利益を出すためにつけるもの。だから家族で支出した家計分は経費にするはずがない。日本は複式簿記が導入される前に、国家による財源確保のために所得税採用。帳簿をつけるのは税金のためという考えになってしまった」 と、大武健一郎氏は 『日本経済を救う税金の話をはじめよう』(かんき出版) という書籍で述べています。
 
 日本では、明治になってから福沢諭吉の帳合の法によって、複式簿記が紹介されました。私は、もし複式簿記が江戸時代に導入されていたら、世界経済の勢力図における日本の地位も大きく違っていたであろうし、そうでなかったことが残念である旨を連載第13回で述べたわけですが、第20回の今回は、それは無理な願望であったかもしれないと思い直したわけです。
 徴税のツールとして導入された日本の複式簿記です。今でも中小企業の多くは、「税務署さえ文句を言わなければよい」 という考え方が支配的になっています。つまり税務会計という考え方です。これは中小企業を指導する職業会計人がむしろいけないので、上場会社等の行う企業会計と、中小企業の行う会計は、その基準も違ってもいいじゃないか、との考えを多くの職業会計人が持ってしまっています。「いや、そうであってはいけない!」 という視点で書いたのが 「中小企業金融への側面援助と職業会計人の意識改革」(『とうかんきょう』平成17年1月1日号)です。
 
 ゲーテをして 「ヨーロッパが生んだ最大の発明の一つ」 と言わしめた複式簿記。そして信用経済の発展とともにますますその役割の重責を担い、産業革命によって固定資産会計の重要性が増してゆき、大きく発展していった複式簿記。これらの長い歴史の過程で複式簿記がアジアの地域、特に日本に根付かなかったというより、見向きもされなかったのは非常に残念であります。現在は世界遺産にもなっている石見銀山の銀産出量は、当時の世界全体の三分の一を占めていたというし、高度経済成長の時代であった安土桃山時代には経理技術の偉大な進歩があったのは、これも本稿第13回で書いたとおりです。
 世界の銀産出量の3分の1をも占めていた、当時の日本の鉱業技術の素晴らしさ。これを経理面から支えるインフラとして複式簿記が加わっていたなら、日本民族の優秀さからして、日本発の産業革命があってもおかしくはなかったのではないかとの思いが湧いてくるのです。
 
 
 
 

 執筆者プロフィール 

渡辺俊之 Toshiyuki Watanabe

公認会計士・税理士

 経 歴 

早稲田大学商学部卒業後、監査法人に勤務。昭和50年に独立開業し、渡辺公認会計士事務所を設立。昭和59年に「優和公認会計士共同事務所」を設立発起し、平成6年、理事長に就任(その後、優和会計人グループとして発展し、現在70人が所属)。平成16年には、優和公認会計士共同事務所の仲間と共に「税理士法人優和」(事業所は全国5ヶ所)を設立し、理事長に就任。会計・税務業界の指導者的存在として知られている。東証1部、2部上場会社の社外監査役や地方公共団体の包括外部監査人なども歴任し、幅広く活躍している。

 オフィシャルホームページ 

http://www.watanabe-cpa.com/

 
 
 
 
 

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