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貴重な体験を記録に残したい

 
前回のお話を経て、ザッケローニ監督率いる代表チームの通訳になった僕は、全力を尽くして仕事に臨むことを誓いました。
 
10代の頃に夢見たのとは少し形は違うとはいえ、憧れの代表チームに入れたわけですから、そこに所属している間に経験できることは貪欲に吸収していきたい。それで、毎日の出来事を日記に書くことを決めました。
 
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ザック流の全てを吸収するべく、意欲的に仕事に励んだ
セリエAでACミランをリーグ優勝させた経験もあるザッケローニ監督の手法が学べるわけですから、こんなチャンスは2度と巡ってこないかもしれません。ですから、貴重な体験をできる限り自分のものとするため、ともかく記録に残したいと思ったのです。
 
その日に得たことを忘れないように書きとめることで、読み返した時に一つひとつの出来事に対して説明ができるようにする。その作業を繰り返すことで日々の仕事から課題を抽出しつつそれを解決しながら成長のツールにする――。もう一つそうした考えとは別に、まだ幼い自分の子どもたちが大きくなった時に、父親がどういう仕事をしていたのかを知ってほしいと思ったことも、日記を書いた動機でした。まさかそれが、一回目の連載でご紹介したように『通訳日記』として書籍になるとは、想像すらしていませんでしたけど。
 
 

日記をつける効果について

 

 日記をつける行為は毎日の仕事の中でとても役立ちました。例えば、選手たちと話したことを書きとめることで、彼らのパーソナリティをより深く知ることにつながり、通訳の立場として、翌日からどのように接していくべきか、個別の対応を考えることができる。言葉の訳し方についても、何か問題があると感じた場合には、次からは違う方法を試みようと意識することもできました。

 
「通訳の仕事って難しいでしょう。センスが必要なんじゃないですか?」と尋ねられることがよくあります。確かにセンスは必要なのかもしれないですけど、僕自身は自分のことを、経験を活かすタイプの通訳だと思っています。これまでの連載でご紹介したような経験や、日記を通じて自分の体験したことを振り返り、課題を消化しながら前に進む日々の積み重ねが代表通訳としての仕事にとても活かされたのです。
 
 

選手との距離間に気を付ける

 
代表チームの通訳で難しかったのは、選手と仲良くなりすぎないように、バランスのよい距離感を保つことでした。僕は選手たちと比較的年齢も近いですし、みんなも気さくに接してくれていたので、プライベートの話を含め、込み入った話をするような関係になるまでにさほど時間はかかりませんでした。でも、監督が選手をどのように評価しているかなどの情報は当然、選手本人にはオープンにできません。
 
例えば監督が高く評価し、期待している選手がいたとして、その評価を僕に聞かせてくれることが何度もありました。僕としては、その選手と会話をする機会があった時に、「監督は君をこう評価しているよ」言ってあげたくなるのです。彼らが自分のプレーに対して自信をなくしてしまっている時などは特に。
 
でもそれはやっぱり、喋ってしまってはダメです。ザッケローニ監督は選手に伝えるべき時はきちんと伝える人でした。「今なら褒めても天狗にならない」とか、「今言っておかないと選手としてつぶれてしまうかもしれない」そういうタイミングを見計らって時宜に応じた言葉を選ぶ方なのです。そうであるにも関わらず僕が「監督がこう言っていたよ」と伝えてしまうと、監督のマネジメントを台無しにしてしまう恐れがある。ですから、選手との接し方についてはとても気を付けていました。
 
 

コミュニケーションを一方通行にしない

 
そうした中で、ザッケローニ監督に求められていたことの一つに、「選手が自分の考えを私に言いやすくなるような雰囲気を、できるだけつくってほしい」というものがありました。基本的に、選手と監督が1対1で話す時は、お互いが言っていることをそのまま訳していました。ですが、付き合いが長くなってくると、選手たちの素の部分もわかってくるので、「この選手は本当に言いたいことを監督に伝えられていないな」などと感じることがあります。
 
ザッケローニ監督は選手が考えていることをきちんと把握しておきたいので、そういうことがあれば、「もしかしたら彼はまだ言いたいことがあって、監督の説明についても納得しきれていないかもしれません」と伝えるようにしていました。
 
そうするとザッケローニ監督は別の機会にその選手と話をして、きちんと意見を聞いたうえで、監督としての考えを説明します。そこで仮に、選手の同意が得られなくても構わないのです。充分にコミュニケーションを取ることで、お互いの思いや考えを知ること。そして、選手にも「自分の思いを監督に伝えられた」とスッキリしてもらうことが大事。
 
チームをマネジメントしているのは監督ですから、最終的な決定権は監督が持っています。ただ、ザッケローニ監督は選手が割り切れなさを残さずにプレーできるよう、選手の考えに耳を傾ける度量がある方でした。選手としてもモヤモヤしたものを抱えたままでプレーするのは嫌でしょうから、選手がきちんと意見できる雰囲気づくりを大切にしていたのです。一人ひとりの選手の思いを汲み、そのうえで自分の考えを示す。そうしたところにも気を配るのがザッケローニ監督のチームマネジメントなのです。
 
選手のみんなとはお互い、プロとしての付き合いができたと思います。その結果として、チーム解散後もたくさんの選手と交流ができていますし、慕ってくれる選手もいます。自分の接し方は間違っていなかったと思えるし、彼らが僕を信頼してくれていたことを実感できて、とても嬉しいです。
 
この続きはまた次回ご紹介します!
 
 
 
 
矢野大輔の 夢と情熱!~ il sogno e la passione! ~
vol.4 ザック流のマネジメント術を学ぶ 

  著者プロフィール  

矢野 大輔 Daisuke Yano

元サッカー日本代表通訳/compact 所属(イタリアのスポーツマネジメント会社)

  経 歴  

1980年7月19日東京都生まれ。イタリアのサッカーリーグ、セリエAでプロサッカー選手になるという夢を抱き、15歳でイタリ アに渡る。異国の地で様々な苦難を乗り越えながら、サッカー漬けの青春を送った。22歳でプロサッカー選手の夢は断念したが、知人の勧めで トリノのスポーツマネジメント会社compactに就職。日本とイタリアの企業を仲介する商談通訳などに従事する。2006年にトリノに移籍してきた 大黒将志選手の専属通訳に。そして2010年、イタリア人のアルベルト・ザッケローニ氏が日本代表監督に就任したことに伴い、チームの通訳に 抜擢される。ブラジルワールドカップまでの4年間、監督と選手が意思疎通を円滑に進めるための重要な役割を担い、監督のみならず選手からも 信頼を得る。2014年、ザッケローニ監督の退任と同時にチームを離れ、現在は執筆、講演、メディア出演などを通じて、日本代表時代の経験や 自身の思いを伝える活動に取り組んでいる。著書に『通訳日記』(文芸春秋)、『部下にはレアルに行けると説け!!』(双葉社)がある。

 オフィシ ャルホームページ 

http://daisukeyano.com

 ブログ 

http://ameblo.jp/daisuke-yanoblog

 
(2015.4.8)
 
 
 
 

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