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一読、サブスクリプションについての本でありつつ、経営全般に通じる本。このことは逆に言えば、これからの――定常経済下の――ビジネスにおいてはすべからく一定割合でサブスクモデルを取り入れなければ、経営的に苦戦を強いられる、ということだと思います。かなりざっくりした指摘なのは重々承知。でも、「消費者の嗜好が細分化し→それをIT&IoTで追えるようになり→必然的にデータドリブンが求められ→商品開発も価格戦略もパーソナライズの方向で深化する」という方向に、状況は向かいつつあるのではないでしょうか。
 
商品開発分野では「プロダクトアウトからマーケットインへ」という発想の転換がしばらく前から言われていますが、マーケットインは突き詰めれば「個々の顧客の、個々のニーズを掬う」発想です。そうと決まればそこから先は費用対効果が問題になるだけ。この文脈には消費者が生産者になる「プロシューマー」の概念が含まれるでしょう。データドリブンの観点からは、本書では明示的にそうとは書かれませんが、D2Cの動きが入ってくると思います。そしてパーソナライズされた価格戦略の究極は「完全価格差別化」の状態で、ダイナミックプライシングと、その前段としてのターゲティング広告が日々技術水準を磨いています。状況証拠は出そろっていると言えそうです。
 
本書はそこまで俯瞰する前のもっと実務的なレベルでサブスクリプションビジネスについて書かれた本。サブスクリプションが注目される理由と各業界への広がりを考察した1、2章の後は、第3章「変革成功のためのポイント」、第4章「サブスクリプション・ビジネスを支えるIT基盤」、第5章「変革プロジェクトの推進手順」と、実務的な章題が続きます。実際、中身もかなり具体的です。そしてこの具体的なところが、経営全般に通じると感じるゆえん。一例をあげてみます。
 
「(モノを伴うサブスクでは製品所有者は企業であって顧客はサービスを購入しているのだから製品の動作を極力担保しなければならないという話に続いて)たとえば、1ヵ月サービスが停止してしまうと‥略‥このダウンタイムを短く抑えるために、故障や修理などの依頼を受けるコンタクトセンター業務の確立、その場合の代替品の準備と迅速な出荷が、特に重要になります。/コンタクトセンターが、通常の製品修理の問い合わせなのか、サブスクリプション・ビジネスにおける問い合わせなのかを切り分けるように業務を設計しておく必要があるでしょう。/‥略‥解約時の返品の業務プロセスも重要です。顧客は、よほど大きくて邪魔な製品でない限り、積極的に返品処理を行ってくれないかもしれません。その場合、製品個体のトレースができるようにし、返品がない場合の違約金の請求プロセスなども整備しておかなければなりません。」(第3章 変革成功のためのポイント p105~107より抜粋)
 
以降もまだまだシミュレーションが続きます。このレベルの具体的な話がてんこ盛りなので、「今はまだ特にサブスクビジネスは考えていない」という経営者も、既存事業の刷新――変革をともなうそれ――を進めるうえで参考になると思います。どんなことを、誰の責任において、どういう手順でやるべきか。頭の整理がとにかく進みそうです。
 
もう一つ本書の特徴を上げるとしたら、サブスクビジネスへの過度な、というよりお門違いの期待を、繰り返し戒めていることです。代表的な箇所を「はじめに」から引用します。
 
「サービス企画、マーケティング、データ分析部門では、分析頻度を上げるとともに、部門間連携を密にして、顧客の声を即座に新サービスの企画につなげる必要があります。また、「モノ」の提供を含んでいる場合、流通部門やチャネルという顧客接点の一部を担っている部門は、今まで以上に顧客の声を吸い上げる必要が出てくるでしょう。さらには、経営管理部門も定常的にあがる売上を、次のサービス提供の投資に活用するという考え方で各部門の指標を設定し、管理する必要が出てきます。‥略‥/これらのことを考慮せずに、サブスクリプション・ビジネスを単に「良いサービス企画を一度実現すれば売上が向上するビジネスである」と考えていたら、また日本企業は失敗事例を増やすだけになってしまいかねません。」(はじめに p6、7)
 
日本の多くの企業はまだ、販売労力の省力化や逸失利益の削減といった、ネガティブサイドからの発想でサブスクをとらえる傾向が強いのではないでしょうか。「少し話がそれますが」と前置きして第1章23ページで語られる、IT投資額の統計資料で日本企業のIT投資の70%以上が基幹系システムなどバックオフィスに費やされていたのに対し欧米企業は70%以上をAIなど先端テクノロジー分野や顧客接点のアプリに費やしていた、という話はその表れだと思います。
 
著者は次のページで「これは、消費者意識をどれだけとらえようとしているのか、という企業側の顧客に対する姿勢の表れではないか」と続けます。サブスクビジネスは契約の“継続”が命です。だからこそ「初回無料」などのフリーミアム戦略とも親和性が高いわけです。何よりも顧客を飽きさせないことが優先されるのに、企画開発の頻度を下げてサービス提供への投資を減らして顧客接点を省力化するためにサブスクを始めると失敗します。「はじめに」の引用の前半を「かえって大変になりそう」と受け取らず、「やったろうじゃんか」と思うぐらいでないと、サブスクビジネスに乗り出すべきではなさそうです。
 
とはいえ冒頭に記したように、これからのビジネスでは一定割合のサブスク化は避けられないと思います。この点で、本書が再度、経営全般に通じる本として現れてきます。引用した箇所の前、「はじめに」の書き出し3段落を読んでわかる通り、本書はサブスクビジネスが日本でもブームになってからの「中間報告」あるいは「中間分析」の意味がありそう。これらの内容がコンパクトにまとまった良書です。お勧めです。
 
(ライター 筒井秀礼)
『サブスクリプション経営』
著者 根岸弘光・亀割一徳
日経文庫
2020/2/14 1版1刷
ISBN 9784532114183
価格 本体900円
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(2020.3.18)
 
 
 

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