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スポーツ トップを走れ、いつも vol.3 「76番手」から栄光を目指して トップを走れ、いつも MotoGP解説者
スポーツかつて“天才”と呼ばれた日本人ライダー・宮城光氏が語るオートバイレースの世界。1993年、「失意の渡米」をした宮城氏が、ひとつのチャンスを掴むに至った第2回に続き、その年の最後に行われるレースに挑むまでをお送りします。
ポップな色合いの壁紙が、もともとは子ども部屋だったことを思わせる、小さな空間にベッドがひとつと、日本から持っていった500ドルのうちの半分ほどを使って購入したソニー製のCDプレイヤー──日本製かと思って買って帰ったら、裏側に「メイドイン・マレーシア」と書かれていた──がひとつ。1軒の家をメカニックや他のライダーとシェアする、テキサス州・キャロルトン市の部屋に戻ってきた。
「裸一貫からの再出発」という、自らの置かれた状況を嫌と言うほど思い知らされる殺風景な空間の中で、私はレーシングライダー冥利に尽きるような、あのデイトナでの一日を反芻していた。
最終的に、ツーブラザーズ・レーシングのレギュラーライダーは、私のタイムを越えようとタイムアタックを繰り返すも、最後は「エンジンが『減る』からやめてくれ」とチームから止められるに至った。あれが逆の立場だったら、レーシングライダーという職業として、どれだけ屈辱的なことだろう!
あれほどの「ぶっちぎり」のタイムを出したのだから、来季に向けて「どうだ宮城、うちのチームで走らないか」というオファーのひとつくらい来てもおかしくはない。そんな想像をしてみたりもした。
いや、どうだろうか。あれだけの結果を残したとはいえ、常勝チームからしてみれば、英語も怪しい東洋人のライダーなど、相変わらず「高リスク物件」に違いない。ケガのあと、年齢を理由に数々のチームから契約を断られた、日本での経験を忘れたわけではないだろう。
自分の中で、そんな問答も続く。
一週間して、答えは出た。
相手が何人であろうと、何歳であろうと、過去の経歴がなんであろうと、結果を残し、自分たちにとってメリットのある相手であればパートナーとして手を組む。どうも、アメリカが「チャンスの国」であるというのは本当らしい。
シーズン最後の特別戦、デイトナで行われる「AMA チャンピオン・カップ・シリーズ」のスーパースポーツ600クラス(市販車をベースにした改造範囲の狭いクラス)と、スーパーバイク650クラス(同じく市販車をベースにするが、より改造範囲の広いクラス)に宮城を乗せたいと、モトリバティのチームオーナー、サムのもとにツーブラザーズ・レーシング代表、クレッグ・エリオンから連絡があったというのだ。
モトリバティは、決して悪いチームではなかった。AMAではトップクラスのプライベートチームのひとつであり、足もとはブリヂストンタイヤがしっかりと支えてくれていた。なにより、私に走る場所を与えてくれた。
それでも、アメリカホンダの「準ワークス」と言える存在であるツーブラザーズ・レーシングはメーカーからの支援体制も厚く、マシンの性能で大きくアドバンテージがあるのは間違いない。デイトナでのテストで乗ったマシンがなによりの証拠で、「あのチームのバイクに乗りたい」という思いは日に日に強まるばかりだった私にとっては、まさに願ったり叶ったりであった。
サムとしても、自分が「投資」したライダーがチームを離れるのは100%歓迎できるものではないだろうが、「自分のチームから、一流チームへとライダーが移籍した」という実績はマイナスにはならない。そんな、優れたビジネスマンとしての計算も働いたのかもしれない。
「今まで通り、うちから参戦するというならそれもよし。ツーブラザーズ・レーシングから出るというなら、止めはしない。自分で決めてくれ」と、サムは言った。
私は、「ツーブラザーズ・レーシングのバイクに乗れる」という喜びと同時に、サムの懐の深さにも感謝の念を抱きながら、最終戦までにチームを離れることを決めた。
決戦は、1993年10月23日、24日。あの「デイトナ」だ。
時間は限られている。2ヶ月後に、あのデイトナで行われるレースに勝ち、次なるチャンスを掴むための「勝てる身体」を作らなければならない。
バイクは軽ければ軽いほどよい。まず、同じエンジンパワーならば、軽いほうが加速は良くなる。さらに、軽いほうがブレーキをかけ始めるポイントも遅らせられるし、コーナリングのスピードも高めることができる。レースにおいて「バイクの軽いは七難隠す」というわけだ。
ただし、市販車をベースにしたマシンは改造範囲も限られており、ライバルより5kgも6kgも軽いバイクでレースに出ることはできない。したがって、人間が軽くなるしかないわけだが、バイクと違って、人間は減量したぶんだけ強くなれるとは限らない。筋肉の量が落ちれば、そのぶんレースに必要な体力も落ちる。減量しつつも、筋肉を増強する必要がある。
モータースポーツにおいて「勝てる身体」とは、軽く、そして、強靱でなくてはならないのだ。
課題は大きくふたつ。
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