現役時代の著者(ゼッケン4)。1990年全日本選手権GP500ccクラス
最終戦、筑波サーキット
オートバイレースの世界最高峰――MotoGP。排気量1000CC、最高出力250馬力以上のモンスターマシンを操り、「世界一速いバイク乗り」たちが、さらにその頂点を競う舞台だ。ハンドルを握る腕の肘が地面を擦るほど深いバンク角でコーナーを駆け抜け、直線の最高速度は350km/h。まさに異次元スピードの世界で、ライダーたちはどんな勝負を繰り広げているのか? そこで生まれる選手間、チーム間のドラマとは――? かつて“天才”と呼ばれた日本人ライダー・宮城光氏が、乗り物としてのオートバイの魅力とあわせて語る。
こんにちは。MotoGP解説者の宮城光です。「
MotoGP」、初めて聞いた方もいますか? 以前は「世界GP」という名前で開催されていた、ヨーロッパ各地やアメリカ、オーストラリア、アジアを回って戦う、オートバイレースの世界選手権のトップカテゴリーです。2014年のシリーズは6月の時点で年間18戦中7戦が終わり、21歳のスペイン人ライダー、マルク・マルケスが目下7連勝でポイント争いをリードしています。
いやあ、マルケスはすごい。でも、彼だけじゃありません。トッププロはみんなすごいです。私は日頃の解説の仕事を通じて、彼らがどんなハイレベルな勝負の世界で生きているかを見ています。彼らがどれだけマネジメント能力に優れ、人格も素晴らしいかを知っています。
この連載では、そんな彼らの世界を、「MotoGPの魅力」「乗り物としてのオートバイの魅力」とあわせて皆さんに伝えられるよう、話していきます。自分ではわかりませんが、担当編集さんいわく「ビジネスの世界にも通じる話がたくさんある」ということなので、そこも楽しんでいただきたいと考えています。
誰もが1番になることだけを考える
連載初回は、レースの世界の厳しさと、おもしろさについて話しましょう。
私は、オートバイレースほど純粋に「1番」を競いあう競技は少ないと考えています。他の競技では、たとえばベテランが若手に追い越されていくのが美談になったり、ベテランが若手に胸を貸して「俺を抜いて見せろ。俺を越えていけ」なんて発想がありえるかもしれません。でも、オートバイレースはそれが微塵もない。「決勝に出るからには1番になる。相手を叩き潰してでも勝つ!」と、全員が本気で思っています。ベテランも若手も一切関係ない。予選の順位がどうとか、体やマシンの調子がどうとか、そんなものも一切関係ない。ひたすらトップで決勝のチェッカーを受けることに向けて、全ライダーが、全要素、全エネルギーを傾ける。「2番でいい」なんて思っていたら10番にもなれない、それほど厳しい。
でも、だからこそ、いろんなドラマがあっておもしろいのだと考えています。たとえば、レースウィークは木曜のプレスカンファレンスで始まります。そこではライダーどうし、見ているとものすごい駆け引きをしています。攻撃してないようでしているとか、表立った攻撃に聞こえないが当人どうしの間ではものすごくイヤミで効果的である、とか(笑)。ヨーロッパ人どうしだと、相手を苗字で呼ぶか名前で呼ぶかでも違いますから。心理戦です。ポイント2位につけてるヴァレンティーノ・ロッシなんか、このあたり非常に上手い。
それから金曜のフリー、土曜のクオリファイ。ここもスリリングです。限られた時間内で、天候の影響も受けながら、何度もピットインしながらトライアンドエラーを繰り返して、ライダーとメカニックでマシンを最高の状態にセッティングしていきます。ライダーは自分が欲しい走行フィーリングのイメージをどれだけ明確に持てるかが問われます。もちろん、伝えるのも上手くないといけません。その意味でコミュニケーション能力が求められます。メカニックのほうは、そのイメージにどれだけ近づけられるかが試されます。だから、単に整備が上手いだけじゃなく、いろんなアイデアを出せないといけません。手中にどれだけの「カード」を持っているか? 非常にクリエイティブな作業です。もちろん、両者とも真剣勝負。2輪レースは4輪レースよりもっと、ワンミスが即転倒、大怪我、場合によってはライダーの命に関わるから、本当に真剣勝負です。
さらにピットの外、コーナーサイドでは諜報戦が繰り広げられています。私服だから目立ちませんが、よく見ると、各チームのスタッフが他チームのマシンの仕上がりを事細かくチェックしています。コーナリング時のマシンの挙動、ライダーのシフト操作のタイミング、エンジンの吹け上り具合い・・・。ストレートエンドのブレーキングだけを正面から一日中定点観測で録画している人もいます。そうやって集めた情報が戦略に反映されます。とにかく、できることは全部やる。その成果を、日曜の決勝につぎ込む。
これが年間18戦あります。1年が53週として、18週もこんなギリギリの戦いを続けている。製造業にたとえるなら、ライバルメーカーと各地のコンベンションセンターを回りながら、新製品の競合プレゼンを年間で18回やるのと一緒です。しんどいですよね(笑)。
ぜひ一度、まずはテレビででも、MotoGPを見てみてください。背景にあるこういったドラマを探しながら見ると絶対おもしろいですから。それで決勝レースのマシンの音を聴いたら、「排気量1000CCの内燃機関が17000回転する音」という以上の感動を覚えるはずです。そしたらもう、オートバイレースのとりこです。
――第2回に続く
(構成:編集部)
「トップを走れ、いつも」
vol.1 レースはドラマ