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IoBのBはBodyのBではなく

 
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Zenzen / PIXTA
昨2020年11月、調査会社のガートナーが2021年版の「戦略的テクノロジのトップ・トレンド」を発表。9つのトップ・トレンドの筆頭にInternet of Behaviors(IoB)を挙げた。
 
IoBは一般にはまだInternet of“Body”のIoBとして、すなわち、ウェアラブル端末などを介したデジタルヘルステック領域のキーワードとして認識されているようだが、ガートナーが言うIoBは「データを使って行動を変える」こと*1。Internet of Things(IoT)の素地のうえに成立する、人間の振る舞い(Behavior)をデジタルに結び付け、社会厚生および個人の体験を豊かにするためのテクノロジーだ。
 
ガートナーは今年から来年にかけこの技術が飛躍的に成長するとした。もともと昨年のレポートで2023年までに世界人口の40%の個々の活動がデジタルで追跡されると予測していたようだが*2、今年のレポートでは2025年末までには世界の約半数の人々がIoBの対象になるとした*3
 
一見するとInternet of Bodyのほうが身体に近いぶんリアルに思えるが、実はInternet of Behaviorsも、見方によってはターゲティング広告などの形ですでに身近になっている。むしろ知らないうちに行動を規定する作用がある点で、日常への影響力はこちらのほうが強いとも言える。
 
 

ネット広告とアクティビティ・トラッキング

 
ネット広告においてプライバシーの保護を目的にサードパーティクッキーの利用が制限され始めたのはその証明だろう。アップルは4月26日に配信開始したiPhoneの新OS「iOS14.5」で、アプリを最初に立ち上げるときに「他社のAppやWebサイトを横断してあなたのアクティビティを追跡することを許可するか」と確認する機能を追加した*4
 
アップルはもともと2017年9月からデフォルトのブラウザーSafariにITP(Intelligent Tracking Prevention)を導入し、ネット広告会社がWeb 閲覧履歴を追跡できなくしていたが、今回の新OSはこれをアプリに拡大。アプリ上での行動履歴をデジタル広告市場に提供するかどうかをユーザーに選ばせるようにした。いわゆるオプト・イン方式をデフォルトにした形だ。
 
Googleもネット広告会社に対し、2022年までにChromeブラウザーでサードパーティクッキーを利用できなくすることを決めている*5。とはいえ、アップルと違いネット広告の収益が大半を占めるGoogleにとってターゲティング広告の精度低下を招く措置はジレンマだ。だから代替技術が必須だったが、今年1月末時点でサードパーティクッキー対比95%以上のターゲティング精度を実現する技術を開発*6。第2四半期から広告主に協力してもらい検証を始めるという*7
 
 

COCOAで経験した非対称性の事態

 
実はInternet of Behaviors関連のトピックは本邦では昨年6月に始まっていた。接触確認アプリ「COCOA」である。COCOAの場合はインストールすること自体がアクティビティ・トラッキングの許可とセットなので厳密にはオプト・インもアウトもないのだが、あれは「アプリを入れることで自分の行動が他の誰かの特定の目的(COCOAの場合は感染防止)に筒抜けになる」という非対称性の事態を一般人がリアルに――本当の意味で我がごととして――経験した初めての出来事だったのではないか。
 
実際に、ガートナーがテクノロジ・トレンドの2020年版を発表した2019年10月21日時点では新型ウイルスの脅威は存在しなかったわけで、ITおよびICTの力で人々の行動に働きかける、場合によってはコントロールすることさえ視野に入れるIoBは、コロナ禍によってトレンドトップにのし上がったと見ることもできる。
 
そう言うといかにも陰謀論だが、その方向性にも伸ばしていけるからこそ、IoBの関連記事は一様に倫理面の課題を指摘するのだろう。逆に言うとIoBへの理解を批評的に深める一般向けの記事はまだ抽象的指摘にとどまっており、具体的トピックに即した批評的理解の言説は少ないようだ。
 
 

AIネットワークと共産主義

 
その点、手前味噌ながら小欄昨年9月の記事*8は参考になると思う。また慶應義塾大学法科大学院教授の山本龍彦氏の指摘によれば、ターゲティング広告が予測精度至上主義に向かうことは、具体的には「中国に勝ち目のない戦いを挑むこと」になる。「AIネットワーク社会に最も適合的な憲法体制は共産主義と考えることもできる」からだ*9。つまりIoBはその一方の極において計画経済の萌芽になりうるのである。
 
先にあげたアップルについての報道*4の終盤の、「IT(情報技術)業界には、こうした措置が結果としてアップルなど米大手の力を強めるとの見方もある。」以降に代表されるIoB関連の記事の指摘は、この文脈で理解すべきだろう。情報通信産業を独占するGAFAに計画経済の主体であるかのような力を持たせてはならないということだ。私たちの社会には独占禁止法と公正取引委員会があるが、全体主義体制に私たちが言う意味の「公正取引」という概念はない。
 
 

建設的なIoBを

 
ただし、これはIoBをネガティブ偏向でとらえた見方ではある。ターゲティング広告はプライバシーの観点からすれば「BehaviorsにいちいちInternetが付いてくる(うっとうしい)」となるが、本来のInternet of Behaviorsの趣旨は「InternetでBehaviorsを改善する/より豊かなものにする」であり、社会厚生に資する意図がある。私たちはIoTもともすれば「モノにInternetが付いてくる」と理解している節があるが、IoTも本来は「Internetでモノの挙動・作用を改善する」が趣旨だ。両方とも逆なのである。
 
その表れと言うべきか、ガートナーの2021年版の公式説明には関連記事で必ず言及される倫理面の懸念は一言も出てこない。単に自信満々というより、本来の趣旨以外のことは眼中にないかのようだ。説明の通りあくまで「フィードバックのループを通じて行動に影響を与えることができるようになります。」という世界観だとしたら、本稿のごときは下衆の勘繰りに類するだろう。
 
とはいえ市民としては、批評的理解の良きネガティブさと本来のポジティブな世界観がバランスした建設的なIoBを願うばかりだ。産業との関連では、本邦は今年2月に「特定デジタル・プラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律(DP 取引透明化法)」が施行され、先月27日には内閣官房のデジタル市場競争会議において「デジタル広告市場の競争評価最終報告(案)」が議論された。問題の本質がわかりやすくまとめられた配布資料もある。一読を勧めたい。
 
 
 
*1 ガートナー2021年の戦略的テクノロジのトップ・トレンド(Gartner 2021/4/23)
*2 2020年以降のガートナーのトップ戦略予測(Gartner 2019/10/22)
*3 2021年はIoB Internet of Behaviorの時代(GASKET 2020/10/26)
*4 「追跡型広告」転換期に アップルが自主規制 ネットの個人情報収集難しく(日経新聞 2021/4/28)
*5 Google、ネット広告の制限強化 個人の閲覧追跡させず(日経新聞 2021/3/4)
*6 Google、脱「クッキー」加速 4月から広告主と試験運用(日経新聞 2021/1/26)
*7 プライバシーを優先したオンライン広告の未来にむけて(公式ブログ 2021/2/1)
*8 スーパーシティは何するものぞ ~改正国家戦略特区法の施行を受けて~(2020/9/2) 
*9 『AIと憲法』(山本龍彦編著・2018年・日本経済新聞出版社)p111
 
(ライター 筒井秀礼)
(2021.5.12)
 
 

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