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最新の勤労統計調査と資金循環統計

 
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タカス / PIXTA
9月2日、公正取引委員会が、かねてから進めていたコンビニの運営実態に関する調査報告書を発表した。日経新聞9月21日版によれば、報告書には「本部によるフランチャイズ(FC)への24時間営業の強制や値引き販売の制限は独禁法違反の恐れがある」との内容があり、株式会社セブン-イレブン・ジャパンの永松文彦社長はFCオーナーへの聞き取り調査や運営面の課題洗い出しにあたる対策チームの立ち上げを社内に指示。別のコンビニ大手幹部は「公取委は本気だ」とつぶやいたという。
 
それとは別に、厚生労働省による9月28日発表の全国勤労統計調査(確報)によれば、7月度の所定外労働時間が前年比16.2%減り、所定外給与(残業代等)も17.1%減って1万6222円になった*1
 
いっぽう日銀の4~6月期資金循環統計では、家計の貯蓄の余裕を示す「資金余剰」が1~3月期の4倍以上に膨れ上がり、18.3兆円で過去最大を記録。1人10万円の特別定額給付金で収入が増えた反面、外食や観光などの支出が減ったことによるものだという*2
 
 

降ってわいた「時間」と「お金」

 
勤労統計調査の結果はつまり、今は「(コロナ禍の影響という)不可抗力によって可処分時間が増えた」状態だということだ。喫緊に新たな収入源を探さなければならない人は「可処分」と表現されると不満だろうが、全体で見れば、各自の意思に委ねられる時間が新たに一定量増えた事態には違いない。
 
そこに日銀の統計結果が重なる。定額給付金は10万円×1億2000万人=約12兆円。ネットには「社会保険と税金を払って終わり」という声もあったが、「資金余剰」の増加を見ても、まだまだ棚ぼたのお金が市中に出回っている。
 
新たに自由意思に委ねられる「時間」と「お金」を手にした国民が何をするか。そこにはその国のそのときの世情が現れる。生産活動に充てるのか、消費に向かうのか。投資なら設備投資に振り向けるのか株式を始めるのか、はたまた、直接生産に寄与しないFXに突っ込むのか――。すべてはその国の民がその時代の世情をどう思っているか次第だ。
 
 

「労働」はどうなった

 
そうすると問われるのは「労働」が社会でどのように位置づけられているかだ。2020年現在の日本では、「労働」は社会に位置づけを得ていない。私見では、コピーライターの仲畑貴志が、確かシーナ&ザ・ロケッツを起用して「労働。本日、父と母は汗を流して働いております。」と謳ったあの瞬間が、日本の社会における「労働」の頂点だった。あの頃(1992年)までは美輪明宏の『ヨイトマケの歌』の延長上に労働の賛歌があった。中上健次の『枯木灘』の世界観で自ら賛歌を謳うこともできた。
 
現在では単純労働の現場は、いわゆる「職人」「プロ」を目指せる職場でない限り、識者が言うように少々給料を上げたぐらいでは、もはや日本社会で育った日本人人材は働きに来ないと思う。誰からも賛歌を謳われない、自分でも謳えないことを知っているからだ。私たちがテレビの達人系の企画で、フォークリフトのフォークの先で100円ライターを着火するオペレーターの絶技に「うおおおお!」と感嘆するのは、失われた賛歌の片鱗を一瞬思い出して高揚するからだ。逆に言えば、もはや「それだけ」になっているのである(ミッシング・リンク)。
 
しかし、経済格差がある国から来た労働者は違う。例えば近年急増しているベトナム人技能実習生はほとんどが地方の田舎出身者だ。学歴は高卒か短大卒。祖国で彼らの学校の前に貼られている「実習生募集」のポスターの内容を日本人の金銭感覚で直すと次のようになる。
 
「技能実習生大募集 3年で1500万円~2500万円の貯金のチャンス! 労働期間3年(最大5年) 参加費用:500万円 業務内容:誰にでもできる簡単な仕事 条件:健康な男女。入れ墨なし 注意事項:採用後、半年間の外国語トレーニングを実費で受けること。」(澤田晃宏著・ちくま新書『ルポ 技能実習生』p50より)
 
ベトナムでは大卒のトップクラスの初任給でも月4万円。それが日本に来れば、法定最低賃金でも、社会保険や寮費を引かれた手取りで月11万5000円になる。彼らの親の月収はライチ農家で2万円、左官で3万円だ。親族や親の友人のカンパで参加費用をつくって来日し、3~5年働いて郷里に帰れば家が建ち畑が買える。同世代の友だちや後輩から憧れの目で見られ、親にとっても自慢の息子たち娘たち――。
 
ここに鳴り響く労働賛歌に、恒久的に手取り15万円で働く同じ職場の日本人の“鳴らない労働賛歌”が、太刀打ちできるとは思えない。
 
 

「勤勉なデイトレーダー」という戯画

 
冒頭の公取委の調査ではコンビニFCの店主の休みは月あたり平均1.8日。それでも、本部が店舗を用意する契約(セブン‐イレブンでいうCタイプ。現在は新規出店の95%がこのタイプと言われる)の店主の65.4%が、個人資産額は債務超過か、500万円未満にとどまる*3
 
ひるがえって日経平均株価は、底値を記録した3月18日から現在はコロナ前の水準に復帰。上げ幅はなんと4割超だ。これでは、ちゃんと事業継続の意思があって持続化給付金を受給したものの先行きを悲観して投資に走るコンビニFCの店主がいても、責められない。さらに言うなら、家計資産の64%を60歳以上の高齢者が保有する現在の日本では*4、ピケティの『21世紀の資本』を盾にとって「手取り15万の単純労働に就職するよりも、親から資産を預かって勤勉なデイトレーダーを目指す」と大マジメに話す若者を、一概には否定できないだろう。
 
『日経ヴェリタス』9月13日号の特集「投資覚醒 コロナを奇貨に」によれば、投資用証券口座の新規開設が8月までに127万口座に上り、2019年下期の1.5倍になっている。うち6割強にあたる78万口座が投資初心者による開設だ。同特集には、コロナ禍の影響で店を閉めた飲食店経営者が「やることが1つ減ったので転職するような気持ちで」株を始めて元手の2倍の含み益をあげた例や、臨時休業した歯科医院経営者が収入減を受けて投資を始めた例が紹介されている。
 
折しも最高裁判所では今月、非正規社員の待遇格差問題をめぐって5件の訴訟弁論が行われる*5。これだけ集中するのは異例だそうだ。本邦における「労働」はどう位置づけられるのか。何が、誰がどうなれば再び賛歌が鳴るのだろうか。
 
 
 
*1  毎月勤労統計調査 令和2年7月分結果確報(厚生労働省)
*2 「家計の資金余剰、18.3兆円で過去最大 給付金で貯蓄増」(日本経済新聞 2020/9/18)
*3 「コンビニ店主、休みは月1.8日 公取委が実態明らかに」(日本経済新聞 2020/9/2)
*4 「高齢者の眠れる資産拡大 健康寿命を延ばし活用促す」(NIKKEI STYLE出世ナビ 2017/6/27)
*5 「非正社員の待遇格差、司法の判断は? 最高裁で弁論へ」(朝日新聞デジタル 2020/9/11)
 
(ライター 筒井秀礼)
(2020.10.7)
   

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