就職指導に血液型診断?
しかし、就職指導に何らかの方法論を持とうとする発想そのものは馬鹿にすべきでない。地方の“金の卵”を一括大量採用して仕事についてこられる者だけ育てた時代が日本にもあったことを考えれば、あらかじめ志望者をタイプに分けて特性に合いそうな職場を勧める姿勢は誠実ですらある。
そしていま、日本の中小企業においても、人材採用に志望者のタイプ分析を導入する動きが広まっているという。背景にあるのは人手不足。『日経トップリーダー』2017年8月号では、賃貸仲介などを手がける不動産会社が新卒採用の選考過程にアメリカ発のタイプ分析手法である「エマジェネティックス」を使い、内定辞退者を激減させた例が紹介されている(内定承諾率が40%→91%)。この企業では採用後の育成でもエマジェネティックスで似たタイプの先輩をメンターにつけることで新人の離職率を抑えている。以前にこのB-plus誌で連載を持った小山昇氏の株式会社武蔵野も、同じくエマジェネティックスを導入してチームの生産性を上げている。
“成長”=共同幻想なき時代の共同幻想
であるならば、一種の共同幻想が双方で共有されたほうがいい。
かつて「高度経済成長」「所得倍増計画」が社会全体の共同幻想だった頃は社内でもそれをモデルにできたが、もう難しい。代わりに現れたのが企業ごとの企業理念だが、これは共感を得られるかどうかが相手(人材)の資質に左右される(外部依存性がある)点で、共同幻想にするには本来不向きなものだ。
それよりむしろ、“成長”それ自体を互いの共同幻想にしてはどうかというのが本稿の趣旨である。
確立された個人幻想をもとにそれとマッチングする理念を掲げた企業を求めるエリート層はこの際措こう。いずれにしろそのボリュームは少ないはずだ。むしろ現代の労使のミスマッチは誰もが確立した個人幻想の持ち主であるという刷り込みに起因している疑いもある。
企業が自社の理念への共感(とそのもとでの成長)を求めるのも、人材が共感を求められることへの反作用的心理から伸び悩み時にドロップアウトしてしまうのも、無理筋を通そうとする弊は同じ――。このことを双方から理解できれば、あまりに普通で漠然とした“成長”こそ、共同幻想なき時代の共同幻想になりうるのではないか。
共通言語を豊かに
一見してわかるように、これは実はかなり高度な言語化(概念化)の能力を伴う作業である。キャリアカウンセリングやメンター理論、タイプ分析などの方法論も、コーチングなどの能力開発ツールも、究極的にはこの作業を助けるためのものに他ならないというのが筆者の位置づけだ。
例えば社内で「社会全体の共同幻想があった世代」と「もはやなかった世代」が互いに無理解をつのらせているとして、もし“成長”をめぐる共通言語が豊かであれば、互いに成長観の違いを見出しこそすれ、最終的に反目し合う結果にはならないだろう。また、これから増えることが確実視されるシニア人材の活用においても、「もはやなかった世代」の、例えば経営者や幹部職クラスが、「あった世代」のシニア人材を使って同じ職場で働くことを考えれば、“成長”をめぐる共通言語はいくら豊かであってもあり過ぎるということはない。
ハイレベルな知見と身近な知見
また、共通言語を持つうえでは、人材採用や人材育成をめぐる最新のハイレベルな研究について労使双方が理解を深めることも有効だろう。例えばリクルートワークス研究所のWebサイトにはそれらの知見が大量に、オープンで閲覧できるようになっている。2015年度研究プロジェクト「採用を変える、採用で変える」を読み込むだけでも、就職して働くということを/雇用して競争優位を獲得していくことを“成長”の共同幻想に照らして双方が言語化する助けになるはずだ。
厚生労働省の『多様な人材活用で輝く企業応援サイト』も、ネーミングはさておき事例紹介のページは大いに参考になるはずだ。働く人の“成長”を聞き取りのライフヒストリー形式でまとめているので、「こういうときにこういう転機があるのか」「こういう遇し方もできるんだな」というふうに主体的に読んで納得できる。中小企業は戦略人材と業務人材を募集段階からそうそう分けるわけにもいかないことを考えると、こちらは身近という意味でも役立つだろう。
共同幻想なき時代の共同幻想はどう花開かせられるのか。仕込みの季節はいまだ。
(2018.4.4)