あの日見た鍋の名前を、ぼくたちはまだ知らない
~ニッポン中の鍋料理を、一度に堪能する方法~
「鍋」とは日本文化の多様性を体現した料理である。冬の定番料理として、真っ先に思いつくのが「鍋」。寒い時期には欠かせないご馳走だ。そんな鍋料理ではあるが、あなたが聞いて真っ先に思い浮かべる「鍋」は、はたして隣の人と同じだろうか?
実は我が国は、各地域ごとに無数の鍋料理が存在する、まさに「とんでもない鍋料理大国」 なのである。試しにwikipediaで調べてみても、こんなにたくさんの鍋料理がある。
・・・五十音の「あ行」だけでご覧の有り様だ。この調子で「わ行」まで続く。この他にも、当然各集落、各家庭ごとに、さらに細分化された鍋文化があるだろう。ここまで地域ごとに多様化した料理文化というものも興味深い。
まだ見ぬ鍋料理に出会いたい・・・。そう思っていると、絶好の場があるというではないか。最近各地で行われるようになった「鍋合戦」がそれだ。
鍋合戦とは、1ヶ所に各地各店自慢の鍋料理が集結し、食べ比べができる食のイべントである。たとえば埼玉県和光市では「ニッポン全国鍋合戦」が開かれ、各地からお国自慢の鍋がその年の「鍋奉行認定」を勝ち取るべく出店し、大盛況になっている。この“合戦”、2005年に始まり、今年は記念の10回目だとか。
これは行かねばなるまい!
まだ見ぬ鍋に出会うため、さっそく和光行きの東武線に飛び乗った。
並びも並んだ、43鍋。主催者の発表によると今年の来場客は6万人。さっそく話を聞いた。
「妹の旦那が前から出店してたの。来るのは初めてなんだけど、楽しいわぁ~。一番おいしかったのは、24番『仙台ホルモン もつ鍋』ね!」
(和光市出身・在住/60代 三姉妹)
「初めて来ました。すごい熱気でびっくりです。私の地元・秋田の鍋といえば「かやき」ですが、今日一番おいしかったのは41番『秩父味噌豚もつ焼き鍋』ですね! トリコになりました。秩父にも、行ってみたくなりました!」
(秋田県出身/和光市在住/30代 女性)
「NABE is Great! It's Delicious! ~~! ~~!」(『山形 中山芋煮』が一番おいしかった、って言ってます)ご一緒の日本人女性・談
(オーストラリア出身/和光市在住2年目/30代 男性)
北は宮城、南は愛媛。秋田からは鯨を使った「かやき」、北茨城からはアンコウの「どぶ汁」、福島県からは復興を願う「さんま宝・宝鍋(ぽーぽーなべ)」。およそ聞いたこともない鍋たちが織りなす、味と香りの大合唱だ。
そして、注目の「第十代鍋奉行認定」は・・・
初挑戦の26番「白川郷飛騨牛すったて鍋」。人口1700人の村から来て、1100杯を売り上げた。事前ネット投票の「食べてみたい鍋」でも堂々の第一位である。
「岐阜県は白川村、平瀬温泉から来ました。初出場・初優勝を目指して、昨年4月からつくりこんできた鍋で優勝できて、とにかく嬉しいです!」「皆さん、白川郷に遊びに来てください!」「白川郷、サイコー!」
(「白川郷鍋食い隊」の皆さん)
「すったて」。この合戦に足を運ばなければ、おそらく一生知り得なかった鍋料理である。飛騨高山の白川郷で昔から愛されてきた、大豆をすりつぶしてつくる郷土料理「すったて」。まろやかなその白いスープに、今回はA5ランクの飛騨牛やゴボウ、ニンジン、村特産のキクラゲなどの具をふんだんに盛り込んでオリジナルの鍋料理を考案した。合掌造りで知られる雪深い里が生み出した、これが2014年現在の究極の「鍋」である。
*
日本で「鍋料理」の形式が確立されたのは江戸時代中期だそうで、料理人に向けた指南書ではない、本邦初の一般向け料理本とされる延享3年(1746年)刊の『素人包丁』に鍋料理のつくり方が掲載された。すでにその中に、お国自慢の様々な鍋料理が紹介されている。想うに、江戸の昔の旦那衆も、冬ともなれば『素人包丁』を片手に、はるかな異郷に想いを馳せて“にわか鍋奉行”としゃれこんでいたに違いない。
冬は続く。まだ見ぬ鍋料理との出会いを求めて、旅立ってみたくなった。
(ライター・扇風機評論家 星野祐毅)
あの日見た鍋の名前を、ぼくたちはまだ知らない ~ニッポン中の鍋料理を、一度に堪能する方法~